第5章 侵食を繰り返す荒波の記憶
それなのに、目をぴったりと閉じてタオルケットの端を抱き締めて音も立てずに眠ってるなんて。
あの、タクマさんが。
………か、かわいい。
クラっと目眩がしそうなほど、このバージョンのタクマさんは愛らしい。
ギャップの嵐に身悶えしそうになりつつも、私はこのままこの場を堪能しようか、それとも写真を撮るためにスマホを取ってこようかと逡巡した。
キスしたら、起きちゃうかな?
勿体ないけど、したいなあ。
自分の家で、もはやただの不審者と化した私はウロウロとキッチンを往復しながら考えた挙句、腰を曲げて、タクマさんの頬っぺたに軽くキスをした。
「ん……ああ。 何時?」
彼の寝起きは悪くないらしい。
すぐに目を開けた。
八時だよ。 そう伝えて綻んでしまう自分の顔を隠せない。
そのまま私の頭の後ろに手を回して引き寄せたタクマさんが、私のおでこに口を付ける。
「おはよ」
髪の生え際の辺りでそう呟いて私を離した。
一昨年前の海辺とはエラい違いである。
付き合ってない女性に対しては素っ気ないのに。
タクマさんの彼女って、神ポジションだ。
幸せすぎて死ねる。
「死ぬな、んなことで。 誰にでもこんなだったら、逆に頭おかしいだろが」
興奮のあまりなにやら私の心の声が漏れ出てしまっていたらしい。
ぽっと火照る頬を自分の手のひらで挟み、そんな私を見てた彼が苦笑した。
それから上半身を起こしタオルケットを肩から羽織る。
あ、これも雛人形ぽくてかわいい。
「昨晩私、どうしたの? 記憶がなくって」
「ビール取りに行ってテラスに戻ったら、グーグーイビキかいて寝てた。 から、そのまま寝室に運んだだけ。 そういや昨日の朝、オマエ早かったんだよな」
なにそれ私。
なんて、色気のない。
もう少し頑張ろうよ。
「ごめんなさい。 片付けとかも色々してくれたんだよね。 夕食作ってくれたのに」
そういえば私、前の晩は一睡もしてなかったんだったと思い出した。