第4章 半径一メートルの密度
それでもそんな、自分でも説明のつかない感情は脇に避けて、私はタクマさんとの外出を堪能しようとした。
だってどこだって、彼と初めてのお出掛け。
例え色気なく今タクマさんがサザエを物色していたとしても。
「男の拳っぐらいのが味がいい」なんてうんちくを垂れていても。
こんな経験は、きっと先々の私の人生での宝物だもの。
それに。
タクマさんはとても気配り上手な人だ。
帰りの道中でもそう。
信号の手前、距離の離れたところで停車したのを不思議に思った。
そしたら杖をついたお年寄りが、お辞儀をしながら車道寄りの歩道を渡って、タクマさんは気付いてないフリして窓の外を眺めてた。
今はそろそろ夕焼けに差しかかろうとする時間。
海に沈む夕陽は見えないけれど、ややオレンジ色がかった金色の海は、藍色のうろこみたいな波間をたたえて動く絵画のようだと思う。
その中を、タクマさんは音楽もかけずに窓を少し空けて運転をする。
夏の朝だけ、海辺の彼だけしか、私は知らなかったのだとつくづく思う。
「……愛を叫ぶための世界の中心って、どこなのかな」
甘い吐息とともに我知らず呟いた私に、「まあ……ナビにはないよな」と、タクマさんが珍しくまともに答えてくれた。
そして私より焼けた彼の肌はいつもよりも陰影が際立って、なんだか更に男っぽく。
「……なにうんうん頷いてんだ、また」
はっとして我に返ると、別荘の脇に車を停めたところで、タクマさんが顔を水平に下げて、どこか楽しげにこちらを覗き見ていた。
ああ、でも。
また家に着いたら、彼に近付けないのかな?
「タクマどの。 せめて、半径50センチにしてくれませぬか?」
丁寧な口調だったら許してくれないものだろうか。
「それどこの時代……むしろ、身動き取りづらくね?」
「別に常に50センチ範囲に居るって意味じゃないよ」
二人羽織じゃあるまいし。 むっとして言うとタクマさんがふっと軽く笑って、私の頭にぽんと手を置いた。