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朝凪のくちづけ【R18】

第4章 半径一メートルの密度



それでもそんな、自分でも説明のつかない感情は脇に避けて、私はタクマさんとの外出を堪能しようとした。
だってどこだって、彼と初めてのお出掛け。

例え色気なく今タクマさんがサザエを物色していたとしても。


「男の拳っぐらいのが味がいい」なんてうんちくを垂れていても。


こんな経験は、きっと先々の私の人生での宝物だもの。


それに。
タクマさんはとても気配り上手な人だ。

帰りの道中でもそう。

信号の手前、距離の離れたところで停車したのを不思議に思った。
そしたら杖をついたお年寄りが、お辞儀をしながら車道寄りの歩道を渡って、タクマさんは気付いてないフリして窓の外を眺めてた。



今はそろそろ夕焼けに差しかかろうとする時間。

海に沈む夕陽は見えないけれど、ややオレンジ色がかった金色の海は、藍色のうろこみたいな波間をたたえて動く絵画のようだと思う。

その中を、タクマさんは音楽もかけずに窓を少し空けて運転をする。

夏の朝だけ、海辺の彼だけしか、私は知らなかったのだとつくづく思う。



「……愛を叫ぶための世界の中心って、どこなのかな」



甘い吐息とともに我知らず呟いた私に、「まあ……ナビにはないよな」と、タクマさんが珍しくまともに答えてくれた。

そして私より焼けた彼の肌はいつもよりも陰影が際立って、なんだか更に男っぽく。



「……なにうんうん頷いてんだ、また」



はっとして我に返ると、別荘の脇に車を停めたところで、タクマさんが顔を水平に下げて、どこか楽しげにこちらを覗き見ていた。

ああ、でも。
また家に着いたら、彼に近付けないのかな?



「タクマどの。 せめて、半径50センチにしてくれませぬか?」



丁寧な口調だったら許してくれないものだろうか。



「それどこの時代……むしろ、身動き取りづらくね?」


「別に常に50センチ範囲に居るって意味じゃないよ」



二人羽織じゃあるまいし。 むっとして言うとタクマさんがふっと軽く笑って、私の頭にぽんと手を置いた。


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