第4章 半径一メートルの密度
「だって、タクマさんはその……クソお父さんの犠牲になったんじゃないの。 息子が作ったご飯も足蹴にするなんて」
「イヤそれ、違うからな。 オマエの親父にも言ったか。 奴は母親が死んでからオレの母親を大事にしただけ。 例えば遅過ぎるとか、それはオレがどうこう言うことじゃない。 ……って、鼻ぐらいかめよ子供か」
そこはどうこう言っていいんじゃないの?
息子なんだから。
どうでもいいけど、キッチンペーパーって鼻かむには固いのね。
話の間中、彼に悲壮な様子はちっともなかった。
普通の昔話みたいに、ふっと思い出し笑いをするぐらいに。
「割とオレん中ではもういい思い出なんだよな。 病院行く前に海行くのが習慣なったのもそん時からか。 オマエの父親に会ったのも。 親父が死んで二年ぐらいはなんでか行かなかったけど」
ほら、ちょうどいつものあそこから見えるホスピスあんだろ?
レンガ色の建物の。
あそこで最期を過ごした。
そう彼が言う。
言われてみれば、そんな建物があったような気がする。
彼のお父さんも、毎朝タクマさんが見ているのと同じ景色を眺めてたんだろうか。
二年。
おそらくそのあとで、私はタクマさんと再会したんだろう。
彼が海に行かなかったのは……それは、タクマさんが本当は色々思うところがあったからじゃないのかな。
中学生が親のために家事するとか聞いたことない。
反抗して悪い道に入るって方がしっくりくる。
与えられなかった愛情や諦めた自分の将来。
親のコネなんて彼が嫌いそうなこと。
なにも感じなかったなんて思えない。
きっとタクマさんは自分の中で無理矢理折り合いをつけて、感情を殺して蓋をしたんだ。
今の私より若い時分から。
「オマエの父親が言ってたけど。 オマエをおんぶしながら、良く泣く子だって困ってた。 オレなら泣かさないで大事にしてくれるとか、んなこと言われてもな。 現にオマエ、すぐ泣くだろ?」
「泣いて……ない、し」
ちーん。
鼻かみすぎて痛い。
キッチンペーパーの小山をゴミ箱に捨てて、少し治まった。
お父さんのあの態度。
父がタクマさんにベタ惚れしたのは、そういう理由だったんだ。