第4章 半径一メートルの密度
「今は違う仕事、してるよね……?」
「親に反対されて諦めた。 親父が役所勤めで、昔ここの副市長だったりしたんだよな」
「そんな……だからって、なんで反対なんて」
そりゃ、公務員の方が安定はしてるんだろうけど。
どうせ遠からず父親から耳に入るか。
そう言ったタクマさんが、読んでいた本を目の前のローテーブルの上に伏せた。
「……色々事情があったから。 ……オレの親父って、結構なクソでさ。 地位はあっても家庭を省みないってやつ。 女遊びも含めてな。 それでも中学ん時に母親が事故で死んで、やっと目ぇ覚めたんかな。 抜け殻みたいになっちまって」
私も包丁を置いて彼の話に聞き入った。
知らないタクマさん。
私に無い記憶。
「とりあえず見てらんねぇから、オレが家事やり始めたんだけど。 ……そしたら、泣きながらテーブルひっくり返すんだよなぁ。 やっぱ母親のメシが良かったんだろ」
彼にとってはもうかなり昔のことだからか、所々遠い目をして、言葉を区切りながら話す。
でも。
「そんな不摂生が祟って……癌にかかって余命宣告されたあとにさ。 オレの進路について、自分のコネがあるから役所に勤めろと。 で、もう、夢とかも、いいかなっつか。 んで、地元の大学に進んだわけ。 お陰で親父も看取れたし、奴もちっとは安心して……」
でも私はこの辺でギブだった。
涙腺が崩壊して。
「……っ…うっ、ぅうう……」
タクマさんがぎょっとした顔をする。
だってここでまさかの泣ける話。
なんて言えばいいのかなんて、分かんない。
分かんないから、手元で野菜切ってるフリをして誤魔化した。
「玉ねぎの、破壊力って……ぐすっ。 怖いよね」
「実は、オマエの親父もそんなリアクションだったんだよな。 なんでか分かんねぇけど」
私の取り繕った誤魔化しなんてバレバレらしい。
いきなり大の男がボロボロ泣き出すとか、有り得ねぇだろ。 そんなことを言ってくる。
そりゃそうだろう。
あの人も大概、涙脆いもの。