第10章 終章 わたしの心の青海原
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過剰な愛情表現(ということにしておきたい)のために、しばらくの間機能不全に陥ってしまった私の代わりといってはなんだけど。
ランチはタクマさんの手料理をご馳走になった。
それから、
「っか、腰が軽くて調子いい。 明日送るから今晩寝んの遅くてもいいか?」
妙にすっきり顔の彼から若干目を逸らしつつ、もはや小さな温泉並みの広さのお風呂をいただいた。
男の人ってああなるんだ。
こっち側の理性まで剝がされるような、勢いというか性欲というか。
そういう、始めて見た彼にはまだ少し慣れないにしても。
……そうする機会はいくらでもあったのに、『大事にしたいと思ってる』その言葉どおりにタクマさんはそうしてくれたのだと改めて思う。
そんなことを思うたびに胸がいっぱいになり、またじいんとして涙が浮かんでしまったのでお湯で顔を洗った。
お掃除の人に来てもらっているといっても、確かにこれだけの広さだと維持だけでも大変そうだ。
彼が諸々の手際がいいのになんとなく合点がいった。
……週末は、たった三日。
早くも明日はもう私は東京に戻る日である。
そのせいなのか、タクマさんは連休は丸ごと私のために時間を取ってくれているみたいだ。
夕方の時間は長廊下に沿う縁側で彼と話をして過ごした。
目の前の雑木林は明るい昼はいいけれど、彼が昨日カフェで言っていたとおり、夜は鬱蒼として不気味なんだろうなと思う。
雲間からは夕映えの空が覗いてきて、秋晴れというにはまだ早いとはいえ、こずえの隙間から爽やかな香りのする風がおでこや頬を通り過ぎていく。
青く細長いトンボがついっとそばを通り過ぎ、そんなときなどには話すのをやめて私たちはぼんやりとそれを眺めた。
「わあ……かわいいねえ」
目を細めてそう言えば、
「肉食だし、実は獰猛で有名だけど。 スズメバチの頭も食いちぎるし、雌取り合って殺し合いもする。 ついでにいえば産卵最中でも構わず、二時間ぐらいぶっ続けでヤるらしい」
などと生々しく夢のないコメントが返ってくる。
『彼は読書家でね、大人びて聡明な少年だったんだよ』
父はああ言ってたけど、その頃のタクマさんに会いたいかと訊かれるとなんだか微妙な気がする。