第8章 丁度良い焼き加減だったらどんな味?
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事務所を設立したばかりの、三十歳の父は当時仕事で色々悩んでいたらしい。
私を助けてくれた縁で、ここの浜辺でよく言葉を交わすようになった二人は、当時高校生の拓真さんによく愚痴をこぼしていたのだと。
「彼は多分に読書家でね。 あの歳にしてはかなり聡明で大人びた子だったんだよ」
以前にも父はそんなことを言っていた。
私の目の前のソファに座り、膝の間で手を組んで、当時を思い出すようにタクマさんのことを話してくれた。
本が好きなのかと訊くと、そうじゃない。
自分は他人の気持ちが分からないから、解りたいのだと。
あれは父上のことを言っていたのかなと思うんだけどね。
……彼が建築家の夢を諦めて市役所の仕事に進むことを決めたと聞いて、実は当時、私は反対したんだよ。
だってなあ。 私が自分の仕事で挫折しそうになった時には……彼はあの口調で。
そう言いながら、父が可笑しそうに片方の拳を顎の下に置く。
『情けねえな、オッサン』
そんな風には言うが、話をよく聞いてくれて馬鹿にするでもなく、励まされていた。
だから私は、早々に将来を諦めようとした、彼にどこか裏切られたような気がしたのかもしれない。