第9章 視察
「……っ」
「これは酷いな」
信長様の言葉が重く響く。
(本当に酷い)
道中も何ヶ所か小規模の崖崩れが起きていたけど、ここは、大きな土砂崩れが起きて村ごと呑み込んだ跡が痛々しく残っていた。
今の川の流れは穏やかになってはいるものの、橋が流され中洲に取り残された人々がなす術もなく力無く横たわっている姿がこちらから見てとれた。
(人が…死んでるかもしれない…?)
鼻をつく臭いにそんな思いがよぎり、その光景からつい顔を背けてしまった。
「伽耶、無理ならば貴様専用の天幕を張らせる。そこで休んでいろ」
そしてそんな私の態度は信長様には簡単に伝わってしまう。
「っ、ごめんなさい。こんな態度を取ってはいけないって分かってます。ちゃんとしますから、ごめんなさい。少しだけ…」
生半可な気持ちで来てはいけない所だって、分かってたけど分かっていなかった。テレビの画面越しでは分からなかった現実が目の前にあって、力になりたいのに気持ちが怯んでしまう。
「伽耶」
逞しい腕が私を包み込んだ。
いつもなら驚いて離れるのに、この腕の中はなぜかとても落ち着く空間で、後退していた気持ちが引き上げられていく。
(大丈夫できる。乗り越えられない試練なんてない。大丈夫、私はできる)
頭の中で何度も唱えて自分に暗示をかけた。
「信長様、準備が整いました」
救援本部のようなものが設置され家臣が呼びに来た。
「分かった」
抱きしめる腕を解いて、信長様は先に馬を降りた。
「伽耶どうする?」
信長様が私を見上げ問いかける。
行かない。逃げると言う選択肢はもちろんない。ただあと少しの勇気と度胸が足りないだけ。
「っ、行きます」
きっと情けない顔を、今にも泣き出しそうな顔をしてしまっていただろうけど、少しでも役に立ちたい気持ちに嘘はないから、私は信長様の手を取り馬を降りた。