第9章 視察
「まるで犬のようだな」
「……っ、うぅーーーうーーー」
悔しくて唸り声しか出ない。
「本当に犬になったか?」
ふっと、鼻で笑うこの人にドキドキさせられ、しかもキスされると思ってしまった自分が恥ずかしい。
「へっ、変態っ!絶対いつかセクハラで訴えてやるぅーーーっ!」
まさに負け犬の遠吠え?をして私は天主から逃げ去った。
逃げ帰った後は寝る事ができずにそのまま朝を迎え、厨へ行って朝食の支度のお手伝いをさせてもらった。
「あ、今更ながら眠気が…」
朝食の支度を終えた私は眠い目を擦りながら、大広間に向かう。
今日は今までで一番顔を合わせづらい。信長様はきっといつも通りにしれっと、まるで何事もなかったかのような顔で上座に座ってるんだろうけど、私の心は穏やかでいられそうにない。
だって、昨日の信長様の行動は問題だらけだったけど、一番の問題は自分だってことに部屋に戻った後に気づいた。私はあの時、あの信長様の顔が近づいて来た時、キスをされると思って咄嗟に目をつぶったんだ。嫌なら顔を背けたはずなのに目をつぶって受け身の体制で…
「あー、むりむりっ、もう考えたくないっ!」
軽く頭を振って昨夜の残像を追い出す。
自分の気持ちも、信長様の気持ちも全然分からない。
完全に心は迷子だ。
「気持ちを切り替えよう」
パンッと、両頬を軽く叩いて気合いを入れた。
「おはようございます。伽耶様」
「あ、おはようございます」
すれ違う家臣の方や女中さんたちと挨拶を交わす。
(今日は何かあるのかな?いつもより人の出入りが多いような…)
何かを準備しているのか、慌ただしく人々が行き交っている。
不思議に思いながら歩いていると、ついに大広間に着いてしまった。
気持ちを切り替えたつもりでも、やはり昨夜のことが思い出され…
「おはようございます」
結局気持ちを切り替えられないまま、広間へと入った。