第6章 本職
「………っ、恋仲も、好きな人もいません」
慌ててその残像を振り払い、私は冷静に若旦那に答えた。
「伽耶さん、私はもう決めたんだ。私の生涯の伴侶となるのは伽耶さんしか考えられない。本当に、こんな気持ちは初めてなんだ。ほら、良い子だからこの着物を着て。ね?」
優しい言い方と笑顔に、こんなにも恐怖を覚えた事はない。
「で、できません」
「私を困らせないで。さぁ、伽耶さん」
「……っ、い、以前もお伝えした通り、私は100日もしない間に故郷へと戻り安土に来る事はもうありません。だから、若旦那さんと恋仲になることも婚姻を結ぶこともできません。何より私は、あなたの事を愛してはいません」
「愛は…私を知っていくうちに芽生えるさ。何より、私は伽耶さんを誰よりも愛して大切にする自信がある」
若旦那は恐ろしいほどの笑みを浮かべながら着物を着せようと私に覆いかぶさった。
「やっ、やめて下さいっ!」
「ああ、君のこの白い肌にこの着物はよく映える」
「嫌っ!若旦那さんっ!お願い、やめてっ!」
「大切にするよ、伽耶さん」
ゾワッと、首元に生暖かい感触…
「やっ、いやっ!」
「そんな声まで君は愛らしいんだね」
「……っ」
(言葉がもう、通じない…!)
「誰か…誰か助けて!」
「無駄だよ伽耶さん。この旅籠屋は何日も貸切にしてある。君が私の事しか考えられなくなるまで愛してあげるよ」
「!」
(何日も人が来ないなんて、安土に来て数週間の私が城からいなくなっても、きっと誰も気にしない……)
助けはもう来ないかもしれないと言う絶望に途端に襲われた。
「やっ、いやーーーっ!」
まさしく絶体絶命!?
私に覆い被さる若旦那は、至福の時だと言わんばかりの顔で私の着物に乱暴に手をかけた。
「伽耶っ、扉から離れろっ!」
「……っ、え?」
(この声、信長様っ!?)