第6章 本職
「大丈夫だよ伽耶さん。来たらここに通すように伝えてあるから。それよりも先に着物の生地を確認しようか」
「あ、はい」
若旦那は私の前にたとう紙に包まれた着物らしき物を出した。
「……あれ?」
思わず声が出た。
これから仕立てる予定の着物がなぜ反物ではなくたとう紙に包まれているのかと疑問に思ったからだ。
「…あの」
「開けてごらん」
「?……はい」
言われるがままにたとう紙を寄せて紐を解き開いた。
「これ………!」
中身は純白の着物…
「あの、これもう仕上がってます…よね?」
(しかも真っ白って…茶会がどんな装いなのかは分からないけど、冠婚葬祭以外に白い着物なんて着る?)
「これは、君にだよ。伽耶さん」
「え?」
「今日君はこれを着て僕と夫婦の契りを交わすんだ」
「………っ」
若旦那のその言葉となんとも言えない笑みに、背筋に寒気が走った。
「あの…」
こう言う時は、相手を興奮させてはいけないと思い、私は横目で逃げ口を確認する。
(!)
ここに来てようやく、私はなぜこの離れの茶室に通されたのかを理解した。
茶室の入り口は普通よりも小さく造られている。それは、武士が刀を置いて入るように、つまりは丸腰で入るように、また、礼節を重んじ、身分に関係なく誰もが頭を下げて入らないといけないような造りになっているためだ。
そしてその小さな扉を若旦那に塞がれていて逃げ口がない。
「あの…私は若旦那のお気持ちに応えることはできません」
部屋の中で逃げようにも、狭い茶室では限度がある。
「伽耶さん、ほら、この白無垢を着て」
私の言葉を無視して着物を手に取り、若旦那はジリジリと私に詰め寄る。
「っ、それは出来ません」
「なぜ?」
「私は、あなたの事をその様な気持ちで見た事がないからです」
「他に、好いている人がいるとでも?」
「好きな人は………っ、」
大地の顔が当たり前に浮かんだ。
大地との未来…考えなかったと言えば嘘になるけど、それは終わった事だと冷静に考えた後、何故か信長様の顔が浮かんだ。