第6章 本職
そんな事が城内で起きているとも知らず、私は地図に記された旅籠屋へとやって来た。
「へぇ〜、町外れにあるからもっと質素な感じだと思ってたけど、結構小洒落れてる」
恥ずかしがり屋だと言う従姉妹が来るにはもってこいな、隠れ家的な宿だ。
(案外こー言うとこのが宿泊料高いんだよね〜)
なんてお気楽なことを考えながら、
「ごめんくださーい」
暖簾をくぐれば、
「やあ、伽耶さん待ってたよ」
呉服屋と同じように満面の笑みの若旦那が私を出迎えた。
「若旦那さん。今日は宜しくお願いします」
この笑顔に気持ちは少しひるんでしまうけど、何たって初ご指名。やる気のが断然優っている。
「彼女少し遅れるみたいなんだ。先に部屋に入って待とうか」
旅籠屋だと言うのに人の気配がなく、スマホや電話、電報があるわけでもないのに何故か従姉妹が遅れてくると言う若旦那。
用心深く考えれば、色々とおかしいことに分かりそうなものなのに、本当にこの時の私は良い仕事をしようと言う考えしかなくて…
「はい。分かりました」
まんまと罠へとハマって行った。
・・・・・・・・・・
通されたのは離れにあるお茶室。
「はい、どうぞ」
さすがはいいトコのお坊ちゃん(言い方悪い?)。優雅にお茶を立てるとすっと、私の前に置いた。
「ありがとうございます」
この間、光秀さんの所で飲ませてもらってから作法だけは頭に叩き込んだ私は、記憶を辿りながらお抹茶を頂いた。
「さすが、織田家縁の姫は所作も美しいね」
「いえそんな。あはは…」
(数週間前までは何も知らないど庶民だと知ったら驚くだろうな)
「従姉妹の方、まだ見えませんね」
「そうだね」
会話はそこで途切れていまい、シーーーンと気まずい雰囲気になって行く。
「あ、私ちょっと店先に出て見てきますね。ここ離れで分からないかもしれないので」
(母屋ではなく離れの茶室だと、来ていても気が付かないのかもしれない)