第6章 本職
「女将の言う事は気にしなくていい。私は君が姫だろうとただの針子だろうと構わない。こんな気持ちは初めてなんだ。伽耶さん、どうか僕と恋仲になってほしい」
私の手を取り情熱的な瞳で告白をしてくる若旦那さん。
ここは店内で、たまたまお客さんがいないけど、他の店員たちはいる。
けど、この堂々とした告白は会う度なのでもう驚きはしなくなった。
「私のような者にそのようなお言葉、本当にありがとうございます。ですが私は三月後にはこの安土を出て実家へと戻る身。若旦那さんのお気持ちに答えることはできません。そしてこれも頂けません。すみません。失礼します」
この言葉も毎回言っていて、私は頭を下げ逃げるように店を出る。と言うのがここ最近の流れだった。
「はぁー疲れたなぁ」
この店に来ると、カエルが出まくりだ。
良い人なのに、良い取引関係を築きたいだけなのに、あんな風に告白されてしまうとやはり引いてしまう。
大地と付き合うようになってからは本当にそんな事も無くなったし、ここに来てからも信長様や武将達に何を言われても嫌な気持ちにならなかったから、克服できたんだと思ってたけど、やっぱりダメみたいだ。
「って、人の気持ちをこんな風に思うなんて最低だな。私…」
自分の変えられない内面にへこんでいると…、
「おい、また道に迷う気か?」
聞き覚えのある声に呼び止められた。
「……えっ?」
声のする方を見上げれは、
「信長様っ!」
「何をブツブツ言いながら難しい顔をしておる?」
馬に跨り、私を面白そうに見下ろす信長様がいた。
「ちょうど良いところに。お城に戻るなら乗せてってください」
塞ぎ込んだ気持ちは一瞬で晴れて、私は信長様の元に駆け寄った。
「おい、俺は貴様の家臣ではない」
「分かってますよ。でもお城に帰るなら一緒だし、お願いします。もう疲れちゃって…」
足も疲れたけど、このまま一人で帰ると悶々と色々考えてしまいそうで…
「ふっ、俺に向かってそんな事が言えるのはまこと貴様くらいなものだ。いいだろう。乗れ」
「やった!」
嬉しくて手を伸ばすと逞しい腕がその手を引っ張り馬に乗せてくれた。
「ありがとうございます」
信長様は私が落ちないように片腕で支えると、手綱を引いて馬を歩かせた。