第6章 本職
目的地のお店の前で私は足を止める。
(どうか今日はいませんように)
なぜそんなことを願うのかと言うと、
「伽耶さんよく来たね。早く入りなよ」
この、暖簾越しに声をかけて来た相手に会いたくなかったから…
「あ、こんにちは。お邪魔します」
深呼吸をして私は暖簾をくぐる。
「伽耶さん今日も綺麗だね。その着物も良くお似合いだ」
満面の笑みで話しかけてくれるのは、この呉服店の若旦那。いわゆる跡取り息子だ。
「ありがとうございます。本日の仕上がり分お待ちしましたのでご確認下さい」
「ああ、いつもお城の針子達は仕事が早いね。後で確認させてもらうよ。それよりも伽耶さん、君にこれを」
若旦那は私の持って来た着物には目もくれず、漆箱に入った着物を私の前に置いた。
「これは…?」
「伽耶さんに似合うと思って、これを着た君と逢瀬に行きたいんだ」
「逢瀬って…」
(確かデートの事だよね…?)
着物に目を落とせば、一目で高価なものだと分かる。そう、なぜか私はこの店の若旦那に気に入られているらしく、会う度に猛烈なアプローチに遭っていてとても困っている。
「あ、あの若旦那さん、前にも申し上げましたが、こう言ったことをされも困りますし、こんな高価な物を受け取るわけにはいきません」
「なぜだい?」
「なぜって、私はただの城勤めの針子見習いですし、こんな大店の若旦那さんとは釣り合いません」
家柄とか身分とかがとても重要な時代である事を歴史で習って知ってる私は、それを理由にやんわりと断りを入れる。
「まぁ、伽耶様ご冗談を」
それを吹き飛ばすほどの甲高い声で店の奥から現れたのはこの店の女将さんで、この若旦那さんのお母さん。
「伽耶様は織田様の遠縁の姫君ですもの。私どもは大歓迎なんですのよ。うちの息子も見る目があるわ。ほほほ」
「あはは…」
そうなのだ。信長様の配慮による織田家縁の姫と言う肩書きが私の価値を勝手に高めていて、お店全体が若旦那を応援ムードになっている。
「あの、私は織田家と言っても本当に遠縁で…」
「謙虚な所も素晴らしいわ。ねぇ、若旦那」
「はい。母上」
ああ、本当に違うのに、誤解はどんどん誤解を生み出して、私が勝手に美化されて行く。