第29章 収穫祭の珍事
「伽耶、今すぐに褥へ行くぞ」
トイレを怖がっていた私を気にして戻って来てくれた信長様は、私を抱きしめ首元に軽く歯を立てると、そんな艶っぽい言葉を耳元で囁いて来た。
「えっ?でも私…」
(トイレに今すぐ行きたいんですが……)
色めくお誘いにドキンとはするものの、先ずはこのモジモジ現象とおさらばしたい私は身を捩って厠へ視線を向ける。
「何だ、照れておるのか?」
そんな私の事情にも構わず信長様は私の頬に口づける。
「んっ、違います」
(だから、照れてるんじゃなくて今すぐにでもトイレに行きたいんですっ!)
厠の前でトイレを寸止めされている状態では気分も乗るわけなく…
しかも、そんなに焦って行きたかった訳ではないけど、目の前で止められると途端に我慢は効かなくなり、
「信長様、私……」
信長様の胸を強く押して厠へと急ぐけれども、
「どこへも行かせぬ」
逃げ出せたはずの体は腕を引かれて元の位置へ。
(ああ、失敗っ!)
でも、今日の信長様ちょっと強引すぎない?
いや、強引で俺様なのはいつもだけど、こう言った生理現象的な細やかな気遣いは完璧な方なのに……いや、時と場合によるかも……
(でも、そんなにも待ちきれないほどしたいのかな……?)
「信長様、本当にすぐすみますから、離して頂けませんか?」
信長様が待ちきれないのならば、私だって我慢ができない。しかもこればかりは譲れない!
「例え一時でも離れたくはない」
モジモジする私に構わず信長様は私の腰に手を回して顔を近づけた。
「信長様っ!?」
「お前は可愛いな」
そして耳元で甘い声で囁いたけれど……
(……ん?お前?)
呼ばれなれない言葉に違和感を覚え顔を見上げるけれども、やはり信長様で……
(でも、何かがおかしい……?)
「早くお前を抱きたい」
甘く囁いた後、少し背を屈ませ私を抱き上げようとする信長様を両手で突き飛ばして、今度は本気で距離を取った。