第29章 収穫祭の珍事
その幽霊とは、男女の幽霊だそうで、
ある時二人は出会い一目で恋に落ちてしまった。
夫婦になろうと誓うも彼らの家は敵対する大店の家同士。賛成してもらえるはずもなく、それどころか別の相手と婚姻を結ばされそうになり二人は駆け落ちをしてこの村へと逃げて来た。けれども家の追手に見つかってしまう。
好きでもない相手と一緒にさせられるくらいならと、二人は心中をしてしまった。それ以来、仲睦まじい夫婦や恋仲がこの村に現れると、その恋路を邪魔しようとそれぞれの相手に化けて誘惑をし、別れさせてしまうのだと言う。
「なんて恐ろしい……」
(信長様の姿で現れたら見破れる自信なんてないな…)
「伽耶様もどうかお気をつけ下さいませね」
「わ、分かりました。けど、単なる噂話ですよね?」
「あはは、もちろんですよ。伽耶様怖がりすぎですっ!」
「あはは、そうですよねー」
聞くんじゃなかったと、いつも通りに後悔をしつつも、村の人もそう言って笑い飛ばしてくれたので、その後はその幽霊話の事も忘れて感謝祭の宴を村の人たちと一緒に楽しんだ。
宴の席で信長様にもその話をしたけれど、
「ふっ、幽霊などは存在せぬが、貴様の格好に化けて出てくると言うのならば見てみたい気はするな」
と一笑された。
・・・・・・・・・・
「あー、楽しかったぁ〜」
宴が終わり、私と信長様は宿へと戻って来た。
「貴様、結構飲んだな?」
ご機嫌な私を見て、信長様は目を細めて疑いの眼差しを向ける。
「記憶無くすほどには飲んでないです」
(もうあんな事はしないもん!)
「ならば良いが」
笑みをたたえながら信長様は部屋の外へと体を向けた。
「あ、信長様っ、厠へ行くなら私も一緒に……っ!」
「は?」
「いえ、あの……、宿の中は私達しか泊まっていませんし、その…」
日中は平気だった幽霊話だけど、夜になって途端に思い出し怖くなった私は、トイレに一人ではいけない状況となっていた。