第28章 勝利のキス
前を見ると、信長様を中心に武将たちが規則正しいスペースを開けて、手筒を足元に置いて立っている。
「あー、スマホが無いのが残念」
「え?すまほ?」
楓が聞き慣れない言葉を聞き返す。
「あ、何でもない。ただ、こんな凛々しいみんなの姿を絵に残しておきたいなぁって思って。しかもみんなが頭に手拭いを巻いてる姿なんて滅多に拝めないし…って言うか、何でみんな頭に巻きつけてるんだろう?」
そう。武将達は皆頭に手拭いを巻きつけており、それがまたワイルドさを誘ってカッコ良さ倍増に見せている。
「ああ、あれは高く吹き上がる火の粉から頭を守るためなんだって家康から聞いたよ」
「そうなんだ。そんなに火が上がるんだね。楓は見たことあるの?」
「ううん、でも当時の今川家の御当主義元様は三河を視察された際にご覧になられたって聞いたことはあるけど」
「へー、そうなんだ……」
(ん?待てよ、今川義元様って…どこかで聞いたような……いや、会った事があったような…)
聞き覚えのある名前に記憶の糸を手繰り寄せると、
『米がないなら菓子を食べればいいんじゃない?』
「あっ、思い出したっ!あの日本版マリーの人だっ!」
「まりー?」
「あ、何でもないの。私、その方に一度お会いした事があって」
「ええっ!義元様にお会いしたの?いつ?どこでっ!」
楓にしては珍しく大きな声で驚きと疑問を口にした。
「えっと…どこだったかなぁ」
この安土で義元さんに会った事は言わない約束だった事を思い出し、言葉に詰まった。
「ちょっと前の事で忘れちゃったけど、でもすごく優雅で美しい人だったし、お店の物片っ端から購入してて色々な意味ですごい方だと記憶してるよ」
今川家の姫であった楓にとってはきっと家族ような存在なのだと思い、言えないことは伏せてその時の様子を伝えた。
「……そう。義元様がご無事にどこかで過ごされているのなら、そして自身のなさりたい事を今は少しでもされているのならばそれだけで十分。教えてくれてありがとう」
目頭にはうっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
私には見目美しい道楽好きな男性に見えたけど、きっと楓にしか分からないお家事情のようなものがあるのだろうと思い、これ以上この話をイタズラに広げる事をやめた。