第25章 余裕な彼
「御館様、間も無く大津の港に到着します」
「そうか…」
椅子に深く腰掛け目を瞑っていた信長は、光秀の呼び掛けに答えた。
「ここから京までは目と鼻の先、明智の者が道中の護衛と誘導を務めさせて頂きます」
「貴様の…坂本城のもの達か……。安土の近くに築城したと言うに、中々貴様を帰してはやれんな」
信長はそう言って、大津港より北東にある坂本城の方へと視線を移した。
「御館様がこの日ノ本を平定した折にはゆるりと過ごす事も出来ましょう。それに此度は来るなと言われてもついて行きたい程の案件でしたから…」
ククっと笑いを漏らす光秀に信長もため息を漏らす。
「そう言ってやるな。奴も今頃は恐怖で震え上がっているはずだ」
「まぁ普通はそうでしょうが…、何故かあの小娘の怯えて泣き叫ぶ姿が私には想像できかねまして…今も怖いと言いながらも元気で叫んでいる気がしてなりません」
「奇遇だな。俺も同じ事を考えておった。あ奴の事だ、考えも及ばぬ事を拗らせて元気に吠えているに違いないと…」
「ククッ、そうである事を願って早々に救出致しましょう」
「そうだな。奴の身が危険なことには変わりない。その証拠に見ろ、ご丁寧に敵のお出迎えだ」
信長はそう言うと椅子から立ち上がり港の方を指差した。
その先には、織田軍の印ではない旗を掲げた大型船。
「毛利の家紋ですね。我々を港に近づけないつもりでしょうか?」
「そのようだな」
まるで着港を阻むように、織田軍の船の前へと近づいて来る。
「光秀…、貴様は毛利元就という男を見たことがあるか?」
「いえ、ですがあの船の先頭に立っているのが毛利元就でしょうか?」
二人の視線の先には、浅黒い肌の男が仁王立ちで船の先頭に立っているのが見える。
「さあな、だが織田の領内に易々と入り込み船まで悠々と浮かべているとは、中々の手腕だな」
「さすがは謀神とでも言うべきでしょうか……」
互いの船が衝突ギリギリまで近づくと、敵の船は素早く織田軍の船に板を渡して乗り込み攻撃を仕掛けて来た。