第23章 今川の姫
家康を見れば、驚いたような顔で固まっている。
「……っなに言ってんの、あんたを遊女にさせるわけないでしょ!」
「え?」
「あんたの借金、俺が全部払って自由にしてあげる。ほら、女将の所に行くよ」
彼女の腕を取り家康は立ち上がったけど、彼女はその手を振り払って再び頭を下げた。
「楓?」
「情けはいりません。ここで自由を得て実家に戻ったとしても、また別の殿方の元へ嫁げと言われるまでのこと。それならばここでその方を思いながら生涯を終えたく思います」
「実家に帰りたくないのなら、暫くは俺の御殿にいればいい。そこでやりたい事をゆっくり見つけてそれで…」
「それで?あなた様が他の女性と仲睦まじくする姿を私に見よと…?それは想像するだけで辛く耐え難い事です。行けるはずありません」
フルフルと、彼女は悲しげな笑みを浮かべ頭を左右に降った。
「……っ、だから…俺には背負うものがあって…」
「知ってます。あなたはたくさんのものを背負ってるってことは…、そして私にはそれを支えられないってあなたが思ってることも」
「あんたが背負う必要はない。これは俺が背負うべきものであんたを巻き込む気も、これ以上背負うものを増やす気もないんだ……」
「それも分かっております。ですから私の事はもうお気になさらず、どうか家康様は家康様の目指す道をお進み下さいませ。ですが、私を助けようとしてくださった事は、嬉しゅうございました」
「だから、あんたはこんな所にいちゃダメなんだよ」
噛み合わない二人の会話がもどかしい。
自分の事だと分からない事が、客観的に見ればこんなにも二人が互いを思い合っているのが分かるのに……、
「ほら行くよ」
家康は再び彼女の手を掴んだ。
でもきっと彼女は行くとは言わないだろう……
ハラハラと二人のやりとりを見ていると、パチンっと信長様の鉄扇の閉じる音が聞こえた。