第23章 今川の姫
「分かっております」
家康と目を合わせた楓さんは、一瞬苦しそうに顔を顰めたけれども、家康の目を強く見てそう答えた。
「そもそも何でこんな事になってるんだよ!俺が今川屋敷にいた頃からあんたにはたくさんの縁談があった筈だ!今回の件だって、今川の栄華を忘れられないあんたの親が作った借金を、あんたを嫁に貰って肩代わりするって大名がたくさん名乗り出たって…なのに何で、よりによってこの安土で遊女になんか……」
昨日の今日で、家康が調べ上げた彼女の背景なんだろう…
親の借金の肩代わりに政略結婚か遊女にだなんて…
「確かに、そう言った話はいくつか頂きました」
「だったら…」
「ですが私が心に決めた殿方はこの世でただお一人。その方との恋は叶いませんでしたが、その方を思ったまま他の殿方に嫁ぐのは失礼と言うもの。であれば残された道はこれしかございませんでした。それにこの安土はその方が身を寄せる土地。もしかしたら一目お会いできるかもと、卑しくもそんな気持ちでこの町で遊女になる事を決めましたが、その願いも叶いました。もう思い残すことはございません」
「なに…言ってんの……?」
あの家康が、楓さんの言葉に動揺してるのが分かる。
「立派な武将となられたお姿を一目拝見できたらと、ずっと思っておりました。ですがこれで最後です。本日をもって私は遊女となりもうお会いすることはございません」
楓さんはスッと手で廊下の方を指し、
「あなた様は今宵の客人ではございませんので、どうぞお引き取りを」
そう言って深く頭を下げた。
彼女の体は小さく震えている。
遊女になっても一目家康の姿が見たい。
ずっと、家康の事だけを思って来た彼女の気持ちが痛いほどに伝わって来て胸が痛んだ。