第23章 今川の姫
それからも何かある度に楓は俺の元へと駆けつけ世話を焼いてくれた。そしてそれは誰の目にも明らかに彼女は俺の事を思っているのだと映ったようで…
人質とは言えそれなりに能力を買われていた俺を今川に引き留めておくための策として、楓と俺を夫婦にさせようと言う話が浮上した。
だがその時すでに、俺は信長様からの同盟話を秘密裏に進めていて、楓との話を受ける事は出来なかった。
それに俺には背負っているものがある。
全ては三河の民のため…
力をつけて領土を増やしどこからも脅かされることのない国を作る。俺の手は三河の民を守るためにある。楓 の事まで守り切る自信などどこにもなかった。
「家康っ!」
「楓……」
「話…断ったって聞いて………」
「そうだよ」
「っ、なんで?……そんなに…私のことが嫌いなの?」
いつも笑顔を見せてくれていた楓が初めて見せた泣きそうな顔に心は揺らいだ。
「……別に、あんたのことが嫌いなわけじゃない」
「じゃあどうして?私は家康と夫婦になりたいよ?」
足利将軍の親戚筋にあたる今川家は、武士の家系の中でも身分が高く貴族に近い家柄で、ここで育つ者たちは自分を高貴な者であると信じて疑わない。だが楓はそんな奴らの中で育ったにも関わらず素直で純粋で、高貴な姫にありがちな駆け引きなんかもなく真っ直ぐに俺に気持ちをいつもぶつけて来ていた。
「……悪いけど、俺にはそんな余裕ないから…」
「余裕って何?そんなの私いらないよ?家康の家が大変だって事は知ってる。私では…家康の支えになれない……?」
彼女が俺の手を掴んだ。
こんな時でも楓の手はヒヤリと冷たくて、彼女を手に入れたいと揺れる俺の心を冷静にさせる。
「俺と一緒になっても幸せにはなれない。俺には背負うものが多すぎて楓の事まで背負いたくないんだ」
何不自由なく育って来たあんたの幸せを壊すことはできない。