第13章 中秋の名月
「さっきの男性…」
沈黙を破ったのは佐助君。
「ん?なに?」
信長様の事を考えないように、ぽやーと景色を見ていた私は佐助君に聞き返す。
「いや、さっき君に別れを告げに来た男性の事だけど…」
「ああ、蘭丸君?」
「そう、蘭丸君って君が呼んでた、アイドルみたいな男性だけど…名前から察するに森蘭丸で合ってる?」
「うん、そうだよ。森蘭丸君。やっぱり佐助君もアイドルみたいって思うよね」
「ああ、500年後にいたら間違いなくトップアイドルになってる」
「でしょ!しかも顔だけじゃなくて信長様の小姓としてもすっごい優秀で信頼されてるんだよ!凄いよね」
「え?彼は、織田信長の小姓なの?」
「うん、そうだよ」
興奮気味に蘭丸君のことを話す私とは違って、佐助君は眼鏡を押さえて考え込んだ。
(ん?どうしたんだろう…?)
「おかしいな…」
ぼそっと、心の声が漏れたように佐助君はつぶやいた。
「何が?」
「確かに森蘭丸が織田信長の小姓だってのは歴史でも有名な話だ。けど変だな…」
佐助君はまた考え込んでしまう。
「何が変なの?」
あまりの深刻な顔に、私も聞かずにはいられない。
「実は、彼に会った事があるんだ」
「そうなの?」
でもさっき蘭丸君は、佐助君に何も言わなかったよね…?
「いや、正しくは見た事があると言った方がいい」
あ〜なるほど…
「…けどその時の彼は忍の姿をしていた」
「え、忍って、佐助君みたいな?…信長様の小姓としてじゃなくて忍としていたって事?」
「ああ。ただし彼が働いていたのは織田信長の忍としてじゃない」
「ん?えっと…ごめんね。ちょっと分からなくなってきた」
小姓ではなく忍、しかも信長様の下でじゃないってどういうこと!?
「俺も、まだ戸惑ってる。だからさっき彼を見た時すぐには君に聞けなかった。頭を整理するのに時間が必要だったから…」
「う…ん」
言葉の感じから、良い内容ではなさそうだ。
「佐助君が蘭丸君を見たってのは、どこ?」
「俺が、上杉謙信様の忍だってのはもう知ってると思うけど、その謙信様の元に、訳あって武田信玄公が身を寄せてるんだ」
「有名な武将だよね…?」
有名って事しか知らないけど。