第13章 中秋の名月
「ふっ、それで良い」
こんな私の事などは忘れて幸せになってください。…とは言えなかった。
最後にぎゅっと強く抱きしめ合い、どちらからともなく体を離した。
「お元気で。ありがとうございました」
本当にありがとうございました。私も、信長様の事は一生忘れない。
佐助君の馬に乗せてもらい信長様の視線を背中に感じながら、三カ月を過ごした安土城を出発した。
「伽耶さん、君もしかして…」
お城を発ってすぐに佐助君が何かを私に質問しようとしたけど、
「いや、なんでもない」
そう言って最後まで言わずに終わった。
聞きたい事はなんとなく分かった。だって外国じゃあるまいし、ましてやこの戦国時代であんなにもキツく抱き合ってさよならをしたんだもの…。何かを勘ぐったって不思議じゃない。
「ふふ、なぁに?おかしな佐助君」
でもその事を今聞かれても、私もちゃんと答える事はできないから、佐助君の質問を深追いするのはやめて、笑って誤魔化した。
「そう言えば、佐助君の馬に乗せてもらうのは初めてだね」
「そうだな。安全運転で行くから安心して」
「うん、宜しくお願いします」
安全運転か…。
確かに馬も乗せてもらう人で乗り心地が違う気がする。
初めて乗せてもらったのは政宗の馬だったけど、パニック状態で、しかも恐ろしく早駆けで落ちそうで散々だったっけ…
その後はずっと信長様の馬で…、あの腕を腰に回されるたびにドキドキして落ち着かなくて…、でも楽しくて安心してて…。
今思えばかなり前から信長様の事を意識してたんだって分かる。
「そう言えば、安土城が騒がしかったみたいだけど、何かあった?」
顕如が捕まった事で城内が騒ついていた事を佐助君は言っているんだろう。
「あ、うん。信長様を本能寺で襲った主犯が捕まったみたい」
「えっ、それは大事だな。一体誰だったのか聞いても?」
「うん。何か”顕如”って名前だったけど私は知らなくて、佐助君は知ってる?」
「知ってるも何も彼は本願寺の元法主だ」
「本願寺?…お坊さんって事?でも、お坊さんがどうして…」
良心さんのように、お坊さんは優しい人のイメージしかないけど…