第13章 中秋の名月
「……っ、ふ、ぅぅ…」
泣くなんて間違ってる。なのに止められない。
「…っ、泣くな」
さっきまで、強引に頭を掴み寄せていた手が今度は遠慮がちに私の涙を拭う。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
何も返せなくてごめんなさい。
止まらない涙を拭う指は、いつしか唇へと変わり、何度も優しいキスが顔中に落とされた。
「貴様の気持ちは分かった。だからもう泣き止め」
大きなため息が聞こえ、そのため息が、信長様が私を帰す事を認めてくれた証の様に聞こえた。
逞しい腕が私を優しく抱きしめる。
その腕の中で目を開ければ、信長様越しに満月に近い大きな月が見え、ある事を思い出した。
「月が…綺麗ですね」
「は…?」
この時代より後に生まれた文豪が、”I love you “を直訳せずにそう訳した。
だから私も、あなたに分からないように愛を囁いてもいいかな?
あなたが好きだけど、この地持ちを伝えることはできないから、せめて間接的にあなたに伝えさせてほしい。
「月が…綺麗ですね」
「そうだな。月が綺麗だな」
「!」
その意味を信長様が分かっていなくても、今はそういう意味で言ったものだと思ってもいい?
「っ……」
そう思ったら、また涙が自然と溢れた。
「もう泣くな」
「っ、ごめんなさい。でも月が綺麗で… 、お願いです。もう一度、今の言葉を言ってもらえませんか?」
(もう一度だけ、その言葉を聞かせて)
信長様は一瞬訝しげに私を見たけど、
「?…月が、綺麗だな」
そう言って切ない微笑みを見せた。
「………っ、」
堪らなくて信長様に抱きつき、その胸に顔を埋めた。
信長様は何も言わずに私を優しく包み込む。
私たちの関係は今夜の月のようだ。
一カケラ足りなくて丸くなれない月のよう。
勇気、優しさ、素直さ、そして好きな人を信じる心…
私には足りないものがあり過ぎてあなたと一つの丸になれなかった。
「本当に、月が綺麗ですね」
安堵と後悔がぐるぐると渦巻く中、私は信長様の腕の中で最後の温もりを感じながらその温もりを胸に刻みつけた。