第13章 中秋の名月
(機嫌が悪い…?)
私の知る限りでは、今夜が一番機嫌が悪い気がする。
「京からお戻りになられたばかりでお疲れですよね?」
そうだよね。車での移動でも疲れるのに、この時代は馬と歩きで疲れない訳がない。
「いや、さほど疲れてはおらん」
予想に反して信長様は疲れていないと答える。
「そうですか…?」
「ああ…」
(やっぱり素っ気ない)
最後の夜なのに…と言うか、なぜこんなにも会話が続かないんだろう…?
信長様といて会話に困った事など、出会った初めの頃だけだ。どんな時も信長様は私の話を興味深そうに聞いてくれて、それで時々意地悪で、態度も…いじわるで…
「何か…怒ってますか?」
「なぜそう思う?」
信長様は眉根を寄せて私を見た。
「……っ」
冷たい目…どうして…?
そもそも、機嫌が悪いならなぜお寺に迎えに来たの?
子どもたちや良心さんに悪いと思いつつも、二人で最後の夜を過ごそうとしてくれていると思って嬉しかったのに…勘違いだったって事?
「なぜか分からないから聞いてるんです。最後の晩酌を楽しみたいのに、これじゃ……あっ!」
ドサッ!
(……えっ?)
体勢がおかしい。
座っていたはずなのに、背中に床の感触がする…
それに、
向き合っていたはずの信長様が私の頭の横に手をつき見下ろしている。
押し倒されたんだ…
「鈍い女だ。それとも、わざとやっておるのか?」
冷たい声と冷たい目。でもその冷たさの中に抑えた熱が見え隠れする。
「違っ…んぅ!」
頭を掴まれ口を塞がれた。
「のぶっ、んっ、…ん」
息継ぎの間すら与えてくれない容赦ないキスに信長様の気持ちが詰まっている気がした。
(私はバカだ…)
信長様は私が帰る事を望んでいない。
好きだと言ってくれて、未来へは帰さないって言ってくれた事にだけ舞い上がって、自分は帰るつもりなのに、優しい言葉を期待するなんて…
楽しいわけない。
機嫌がいいはずがない。