第11章 晩酌③ 〜祭りの後編〜
「いきなりどうした?貴様が俺を褒めるなど、明日は嵐にでもなりそうだな」
貴様はまことに油断ならん。
「もう、すぐそうやって茶化す、じゃあもし明日嵐になったら二度と褒めませんからね」
「明日が楽しみになったな」
貴様とまたこんなやり取りができるのだと思うだけで愉快な気持ちになる。
「で、でもさすがはお祭りですね。いつも以上に城下が賑わってますね」
「そうだな」
祭りに出向くのは毎年視察のためだった。
場所代を不当に吊り上げる輩がいないかとか、粗悪な物を売りつけていないかなどを摘発するためであり仕事であった。
今も伽耶と歩きながら不備はないかと目を光らせる。
「わぁっ!」
伽耶から感嘆の声が漏れ聞こえた。
「見たいのか?」
俺とは違い、伽耶は楽しそうに祭りを見て目を輝かせる。
(ああそうか。祭りとは、本来はこうして楽しむものなのだ)
伽耶の笑顔で俺は祭りの楽しみ方を思い出す。
「大丈夫です。初めて安土の、この時代のお祭りを見たので気にはなりますけど…」
(そう言えば、金を持っておらんのであったな…)
「金のことなら心配はいらん、欲しい物があるのなら言え」
伽耶が望むのなら全て買い占めてやっても良い。こんな感情が己自身にあった事にも驚いたが…
「ありがとうございます。でも、この時代の物を500年後に持ち帰るのは歴史を変えてしまうかもしれないからやめようって決めてるので…、買っても使えなくなってしまうので本当に大丈夫です」
「……そうか」
その言葉で、甘く居心地の良い世界から一気に現実へと引き戻された。
奴はまだ元の時代に帰る気でいる。
奴をこの時代に残す方法は、奴が俺に惚れる事。
造作も無いとたかを括っていたが、まだ奴は俺に落ちてはいない。
簡単に人の懐へと入り込む癖に、捕まえればするりと逃げて行く。今とて同じだ。触れ合える距離にいても伽耶の一言で拒絶された様な気持ちにさせられる。
どうすれば貴様は俺のものになる?
並んで歩く伽耶の横顔を見つめても答えは返ってこない。
一向に縮まりそうにない距離感にモヤついている間に、俺たちは目的の寺に着いた。