第10章 夏祭り
天主の信長様の部屋の前まで来た。
天主に来るのはあの朝以来で、ちゃんと会うのもあの朝以来だ。
「あの…」
襖越しに声を出すと、
「伽耶、入って良い」
(えっ?)
名前を言う前に入れと言う言葉が聞こえてきた。
( 何で私って分かったのかな…?)
「失礼します」
不思議に思いながら襖を開け中に入った。
「なんで分かったのかって顔だな」
信長様は私を見るなりふんっと笑った。
「…うっ、その通りです。なんで私って分かったんですか?」
「足音だけで貴様と分かる」
「え?」
その一言で胸がドキンッと跳ねた。
「そんなに大きな音を立てて歩くのはこの城中で貴様しかおらん」
久しぶりに近くで見る綺麗な顔はいつもみたく意地悪な笑みを私に向けた。
(あ、そう言うことですか…なんだ、ドキッとして損しちゃった…)
「どうせ私は歩く騒音ですよ」
「言い得て妙だな。分かっておるならいい」
「もう、そこはそんな事はないって言うところですよっ!」
「俺は嘘はつかん」
「そうですか。ご立派ですね!」
不思議だ…
あんなに来る事も会う事も躊躇っていたのに、会えばやっぱり楽しいし、気まずさはすぐに払拭されてしまう。
「どうした?貴様から天主に来るなど珍しい」
(秀吉さんと同じような事を…)
でも、あの日以来極力関わらないようにしてきたから、珍しいと言われても仕方がない。
「あの、お願いがあって…」
私は、お寺での事を信長様に話した。
「……なるほど」
信長様は動じる事もなく静かにそう言った。
「嘆願書は確かに全て俺に届いておる。どんな些細な内容でも破棄せず届けるように伝えてあるからな」
「じゃあ、そのお寺の嘆願書も読んでますよね?」
「恐らくはあるだろう」
「え?」
(恐らくって…覚えてないってこと!?)