第9章 視察
「貴様は膝枕だけでなく、抱き枕としても有能であった。久しぶりにこんなに長く良く眠った」
またもやしれっと笑顔で言う信長様。
「だっ、」
(抱き枕って、そんなに密着して!?いや今もメチャクチャ密着してるっ!)
布団から出ようとするも、両腕に阻まれて出られない。
「はっ、離して下さいっ!」
「まだ眠い。もうしばらく俺の抱き枕でいろ」
「……っ!」
逞しい両腕と耳元で囁く低い声は、どうしても信長様を男として意識させる。
(こんなの、上司と部下はしない)
良い上司と部下、そう思い込もうとした私の中の二人の関係は早くも崩れ去り、自分では止める事のできない速さで鼓動は刻み出した。
「………っ、寝てしまった所を運んで頂いて、それについてはお手数をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした。でも本当に困ります」
「何を困る事がある?」
「私のことを好きじゃないなら、もうしないで下さい。こんなこと…普通はしません」
(これはもう私の中の一線を超えてる。これが信長様の中では普通だとしても受け入れられない!)
「俺は貴様を気に入っておる。それで問題ないであろう?」
「え?」
思いがけない返答に見上げれば、真剣な眼差しの信長様と目が合った。
「貴様を側に置いて誰にも触れさせたくないと思うほどには、俺は貴様を気に入っておる」
そう言う信長様に胸はキュンとなる。
でも…
「“気に入っている”と”好き”は同類ではありません」
まるで自分に言い聞かせるように、私は首をゆっくり横に振った。
「伽耶待て」
信長様の手が布団を出ようとする私の腕を掴んだ。
「…っ、離して下さい。朝餉の支度に遅れますので失礼します」
視線を逸らしそう言うと、その腕の力は緩みもう私を止めては来なかった。
「あの、昨日はお疲れ様でした。ゆっくり寝させて頂き、ありがとうございました。ではまた朝餉で…」
険悪な関係になりたくない私は一度振り返ってお礼を言い、それから部屋を出た。