第9章 視察
暫く歩いた後足を止めて大きく息を吐き出した。
「はぁー、足がガクガクする……」
信長様と出会いすっかり弱くなってしまった私の足腰は、今回も例に漏れず私の動揺を正直に伝えてくる。
「ヤバい、あれは危なかった…」
“俺は貴様を気に入っておる”
(あの言葉、嬉しくなかったと言えば嘘になる。だってあの言葉を受け止めて、あのままあの腕に囚われてもいいって思いそうになったもの)
「でも、できないよ…」
ここに残るのは、私にとっては異国に行く以上のことだ。
明日の命の補償も生活の補償も老後の補償だって何もない。
大げさかもしれないけど火星に住む決意をする位の勢いと覚悟が少なくとも私には必要なことで…
「だって、これは賭けだから…」
信長様はきっと手に入れた途端に私を捨てる。だってこれは私を現代に帰さないための賭けで、信長様はそれに勝とうとしてるだけ。
でも信長様の目は賭けをした頃のように冷たい目ではなく熱を宿しているように見えたのも事実で…
(少しは…本気で思ってくれてる?)
そんな考えが浮かんだけれどすぐに私は首を振った。
「でも、心変わりするでしょ?」
大地が私を裏切ったように…、一生忘れられないと思っていた私が彼を忘れかけているように..、永遠に続く思いなんて存在しない。きっと信長様もそうで、そうなれば私はこの時代で路頭に迷う人生を送ることになってしまう。
この気持ちに答えを出すのはきっともう簡単だ。
でも、答えを出すわけにはいかない
ポテトやチキンの夢を見るように、夢や家族や友達…捨てられない物が沢山ある。今まで育って来た環境を捨てることなんてできない。
だから出会ってたった数ヶ月の気持ちの為に、これ以上、信長様のゲーム感覚の恋愛シミュレーションに付き合うことはできない。
治まりそうもない鼓動を感じながら、私は震える足で天主を後にした。