第1章 松の巻
「キレイにしておくれ!早く!」
命じられた娘は慌てて手に持っていた雑巾で朱色の靴先を拭う。
「……っ!汚い雑巾で拭くヤツがあるか!!」
いきなり脚を振り上げられ、娘はふっ飛ばされて廊下の端に叩きつけられた。
この時間は領殿は起きてこないから無法地帯だよ。
痩せこけた娘は体中あちこちに青痣をこさえていた。毎朝の様にやられているんだねえ。
――――乙が人垣を掻き分けて近づいてきたよ?
何を思ったか床に這いつくばると、件の姐さんの脚先を舐め始めた。
「……そ、そうよ、わかってるじゃないこの娘。」
ケラケラと姐さん衆が笑い出した、
次の瞬間、嬌声は悲鳴に変わった。
「いったああああい!何するのよ!」
「……えへへ、あたいお腹ペコペコでさ。姐さんのムックムクの脚がうまそうな饅頭みたいでさあ、つい噛みついちまったよ。」
乙の言い様に周りの姐さん方は思わず吹き出してしまった。饅頭とはよく言ったものだ。確かに肉づきが良くて美味しそうな脚だねえ。
「姐さあん、もっと食わしてくれよう。饅頭。」
「っるさい!誰が饅頭よ!」
饅頭脚の姐さんは追いすがる乙を振り払って風呂場へ向かった。顔は金時芋みたく真っ赤だったねえ!ああ痛快だ。
ようやく掃除を終えるとやっと娘たちの朝餉の時間だ。
いつものごとく争奪戦が始まったが、乙が近づくとスッと道が空けられたよ。
意地悪姐さんを退散させて、一日にしてこの部屋で一目置かれる様になってしまったね。
乙は両腕に食べ物を抱えると「同期」の二人の前にどさどさと置いた。
「今回だけだからね!次からは自分で取ってくるんだよ。」
二人は呆然と乙の顔を見ていたが、無言で頷くと貪る様に食べ始めた。
食餌の後は日暮れまで洗濯や厨の下働きと扱き使われる。
日が落ちて廓に客が来始める頃には娘たちは地下の部屋に押し込められ、外に出ることを禁じられる。
そして餌が与えられ、眠る――――
そんな一日の繰り返しだよ。
変化が起きたのは数日後だ。
領殿が女将を地下に連れてきた。
女将はぐるりと娘たちを見回すと何某かを領殿に告げている。
頷いた領殿は娘たちの中に叫ぶ。
「ひぃ!そしてみぃ!……ふぅはまだだ。」
新入り娘は『甲乙丙』だの『ひぃふぅみぃ』だの適当に呼び名が付けられている。