第1章 松の巻
廓の裏手には「底なし沼」と呼ばれる沼があって、病気などで使い物にならなくなった娼妓が投げ込まれるといった噂があるねえ。
おや、日に二回の大騒ぎ、娘たちの食事いや食餌は今回もあっと言う間に終わったよ。
ようやく今日新入りの三人か鉢に近づけた時にはもうなーんにも残っちゃいないよ。
それでも甲と名付けられた娘は鉢の底にこびりついた饅頭の皮を爪でこそげ取って口に入れ、満足そうな笑みを浮かべているね。
「……弟たちは今日は食べれたかしら。毒じゃない草を教えてきたから大丈夫かな。」
よほどな窮状の家から売られたらしいね。この地獄の様な廓でも故郷(くに)よりはずっといいという娘も多いのだ。
食餌が終わればすぐに寝る時間だ。粗末な掛け布を一枚与えられるだけの文字通り「雑魚寝」だ。
新入り三人はいろいろあった一日で疲れているはずだが、ぐっすりなんて眠れるわけじゃあない。
悪夢を見て時々奇声を放つ娘や、夜中にもかかわらず隣といさかいを起こして喚き散らす娘など賑やかなことで……まあこんな中でも眠れる様じゃないとここではやっていけないさ。
ほとんど一睡も出来なかった三人だが、早朝太鼓の音で起こされる。
娘たちの一日は廓の掃除から始まるのだ。
狂瀾(きょうらん)の一夜が明けた廓はどこもかしこも乱れ、汚れている。
稼ぎ手の姐さん方が起きてくる前にまた夜にお客を迎え入れられる状態にしておくのが娘たちの仕事のひとつだ。
しんどいのは床の拭き掃除。短い丈の衣装のせいで少しでも屈めば恥ずかしいトコロが丸見えになってしまう。
早々と起きて湯浴みに行く姐さんたちの中にはわざと水やお酒を床に溢して新入りに拭かせている者もいる。
「ちゃっちゃと拭きなさいよ!この穀潰し!」
酷い言い様だねえ、こないだまで自分も新入り娘だったのを忘れたかい?
四つん這いで床を雑巾がけすれば、剥き出しになった尻の間から大事なトコロが見え隠れする。
意固地の悪い姐さんは朱い絹布の靴を履いた足先でわざと尻の間を突っつき回すのだ。
「…………!」
「さっさとしないからよ!邪魔なのよ!」
「あーら姐さん、靴の先が汚れちまったよ。」
おやおや、普段お互いいがみ合っている姐さんたちなのに新入りに意地悪する時だけは見事に結託するんだねえ。