第1章 松の巻
「廓の財産にキズをつけた者には理由はどうあれ罰を与えるって掟があるんだよ!」
そして領殿は懐から取り出した小剣で乙の髷を根元からざっくりと切り落とした。
切り落とされた髷は乱暴に庭の隅に放り投げられた。
やれやれ、散らかさないで欲しいねえ。
「ほらっ!丙、さっさと検分済ませるよっ!
あたしゃ時間がないんだよっ。」
領殿は丙の腕を掴んで行った。
しかしこの乙と名付けられた娘はよっぽど肝が据わっているねえ〜。
髷を切られてざんばら髪になっても表情ひとつ変えないよ。
丙の検分も終わり「新入り」三人は裸で廓の廊下を領殿に従って歩く。
通り過ぎる部屋の戸はどこも少し開けられて、娼妓の姐さま方が覗き見してるよ。大きな声でわざわざ新入りたちに聞こえる様に「値踏み」するんだ。
かつて自分たちもされた様にね。
「今回『ハズレ』じゃなあい?」
「なあに?あの真ん中の娘の頭!」
「くすくす……さっそく何かやらかしたねぇ〜」
何を言われても乙は聞き耳もたない様だけど、
後ろの丙が泣き出し始めた。
「ごめん、ごめんね。乙……。あたいのせいでこんなにされて………。」
乙はジロリと前から丙を睨みつけた。
その眼光に丙の泣き声はますます大きくなった。
「ごめんよう〜ぐすっ、ぐすっ……」
「うるさいっ!」
声を荒らげた乙。
「グズグズ泣いてるヒマがあったら気合を入れなさいよ!あたしはここで「一番」になるんだからね!あたしを超えるくらいになってみてよ!今日あたしがあんたを助けるんじゃなかったって後悔するくらいにね。」
こりゃあまいったね!
この言い様には丙の涙もすっかり止まっちまったね。
裸の行進の終わりは「風呂場」だった。
「ほら、騒いでないでここで頭のてっぺんから足の先までゴシゴシ洗ってもらいな!」
新入りの風呂場は既に客をとっている娼妓たちのとは別のもので、牛や馬を洗う様な「すのこ」が置かれ、風呂場というより「洗い場」だ。
数人の人夫風の男たちが束子を持ってニヤニヤと待ち構えていた。
「誰からでもいいから早く「すのこ」の上に載れ。」
たじろぐ二人の娘をグイと押しのけて乙が最初に「すのこ」の上に仰向けに寝転んだ。
「何だあ?お前、男だか女だかわからないヤツだな。」
「でも乳はいいもん持ってやがるなあ!」