第1章 松の巻
「……妙に場慣れしてると思ったらお前、未通女じゃないね?!
しかも赤ん坊を産んでいるだろう!」
領殿は骨の目立つ左手を伸ばして、乙のパンパンに張っている乳房をキュッと捻った。
するとピュウと音を立て、勢いよく乳が飛び出した。
「しかも産んで間もないときた!
まったく女将はこんな娘、いくらで買ったんだか………」
領殿は呆れた様に溜息をつく。
そして乙も甲と同じ様に裸のまま小部屋からポイと追い出された。
「次!」
この日最後の丙が呼ばれたが…………
その姿は消えていた。
「まったく!世話焼かせるね!
甲、どこへ行ったか見ただろう?」
甲は力の入らない指で庭の方を指した。
そう、丙は今私の足元にいる。
しゅるしゅると細い帯をほどいて私の腕にかけた。
おやまあ!
生きるも死ぬもご勝手ですけど私の身体を使われるのは寝覚めのいいものではないからご勘弁願いたいねえ。
丙はためらいもなく輪っか状に括りつけた帯にその首を掛けようと飛び上がった。
と同時に裸で裸足の乙が丙に飛びついた!
やめとくれよ、枝が折れちまうじゃないか!
ブチィッ!
派手な音がして帯が引きちぎられ、二人の娘は庭に転がった。
「バカッ!何やってんのよ!!」
何を思ったか、乙は丙の頬を思いっきりひっぱたいよ。
相当な勢いだね、丙の口の橋に血が滲むほどだ。
「死んだら何もかもおしまいなんだよ?悔しくない?こんなところでおしまいにしちゃって?!」
丙は打たれた頬の痛みと乙に凄まれて我に返ったようだね。
「なーにやってんだよ?二人して。頼むから騒ぎを起こさないでおくれ!」
領殿がやってきたね。
「ん、丙?なんだお前、血が出てるじゃないか。頬もそんなに腫れて、誰にやられたんだい?」
領殿は傍らに立っていた乙に目をやる。
「乙、お前だね。」
「そうだけど?何か?」
「何か?じゃないよ!理由はどうあれお前はこの廓が大枚はたいて買った「商品」を傷つけたんだよ?それ相応の罰を受けてもらうよ!」
それを聞いて丙は領の着物の袖を掴んで叫んだ。
「……ち、違うんですっ!」
「何が違うんだよ?商売道具の顔腫らして。
乙、こっち来な。」
領殿は乙の小綺麗に結われた髷を引っ掴んで自分の元に引き寄せた。