第3章 梅の巻
乙の澄んだ歌声を聴きながら春鶯は穏やかな寝息を立て始めた。取り戻した手巾を愛おしそうに頬に当てたまま…………
「乙様、乙様?」
翌朝、寝台にもたれたまま眠ってしまった乙は春鶯に揺り起こされた。
「………ん……あっ!春鶯!具合はどうなの?」
「乙様、ぐっすり眠れましたのでだいぶ良くなりました。」
「良かった。顔色が戻ってきたね。」
「本当にありがとうございます………あの子守唄……姉さんもよく唄ってくれました。乙様も東の村で生まれたのですか?」
「いいえ、私は北の村の出よ。あの唄は友達に教わったの。」
「そうですか………昨夜は本当に姉さんが傍にいるみたいだった。僕は両親が朝から晩まで漁に出ていて姉さんに育てられた様なもので、だから女っぽいって言われるのかな?
この手巾も姉さんがくれたもの………
あっ、調子良くなったんで僕小屋に戻ります!」
立ち上がろうとした春鶯の腕を乙が掴んで止めた。
「もう、あんな小屋には戻さないよ!今日からあんたはここで寝起きするんだ。」
「えぇっ!」
「後で支度部屋にもう一台寝台を運ばせる。誰にも文句は言わせないよ!」
「…………乙様………。」
「また誰かに変な言い掛かりをつけられない様にあたしの目の届くところに置くことにしたから!」
「……。」
「それよりお腹空いただろう。粥を運ばせるわ。」
春鶯は首を横に振った。
「………まだ、食べられないか……
これならどうかしら?」
乙は綺麗な紙の袋から取り出した小さな実を春鶯の口の中に入れた。
「んっ……甘い!」
「ふふっ、気に入った?これは『コケモモ』。
美味しいだけじゃなくて体にもいいのよ。」
「……初めて食べました!」
「そりゃそうよ、これは王族じゃないと食べられない貴重なものよ!」
「王族…………!?」
おや?春鶯の目の色が変わったね。
「乙様!お城からもお客様が来るのですか?!」
春鶯は乙に噛みつかんばかりだね。
「ちょ、ちょっとどうしたの?春鶯いきなり取り乱して!
ん〜たまにお城の役人はお忍びで来るけど……
これは友達が送ってくれたもので。」
「お友達!?お城にお友達がいらっしゃるのですか?」
乙はため息を一つついた。
「…………あんたに隠し事はしないことにするわ。」