第3章 梅の巻
人夫たちの詰所………
物凄い勢いと形相で乙が入って行ったね。
驚く男たち。
慌てて跪いて礼をする。
「これは、これは乙様。この様な処へ何用で………」
今やこの廓一番の稼ぎ頭となった乙は下働きの者たちには雲の上の存在だよ。
目の前で恭しく頭を下げる男たちの肩を無言で小突いて次々になぎ倒し、詰所の奥へ進む乙。
すぐに簀子の上で躰も心も傷つけられて横たわる春鶯を見つけた。
「春鶯?春鶯?!」
目も開かず、ピクリとも動かない春鶯。その青ざめた頬を乙は軽く平手で打つ。
「……う…………ん……乙さま………」
僅かに目が開き、消え入りそうな声で呻いた。
「春鶯!喋らなくていい!」
乙は冷たい少年の躰を両腕で包み込み、ぎゅっと抱き締める。
そして上等な薄絹の上衣を脱いで躰を覆った。
「ちょっと!あんたたち!この子をあたしの部屋に運ぶのよ!丁寧によ!!」
「へ、へいっ………」
呆然と見ていた人夫らは縮み上がった。
「……………乙様?……僕は………」
「春鶯………気がついたね?」
彼が人夫らに運ばれて来てから一時も傍を離れない乙は額の手ぬぐいを替えた。
「まったくこんなにされて………
あ、あんたの手巾は取り返したからね、大事なものなんだろう?」
乙は痣だらけの手に梅の花の手巾を握らせた。
「……ありがとうございます。乙様。」
春鶯は手巾に頬ずりをする。朦朧とした目には涙が浮かんでいるね。
「領に命じて葛葉は今キツい仕置をされているからね!」
「………仕置……だなんて。勘違いだったのに。そもそも女の人の持つものを持っていた僕が………」
「馬鹿だね!どこまでお人好しなんだい!」
乙は声を荒らげた。
ビクリと身を縮める春鶯。
「ごめん、つい大声出しちゃった。
……ふふ、そう言えばもう一人あんたみたいなお人好しを知ってるわ。馬鹿みたいに………でも最後に幸運を掴むのはあんたたちみたいな人なんだよねえ。」
遠い目をして微笑む乙。
「……!ここ乙様の寝台!」
主の寝台に寝かされていることにようやく気づいた春鶯はガバリと起き上がった。
が、すぐに乙に押し戻された。
「何起きてるの!まだ熱が高いんだよ。」
「…………落ち着きませんっ……」
「しょうがないね、子守唄唄ってやるよ。」