第3章 梅の巻
「心配するな、給金は儂から出す。飯代は領に払えは文句ないだろ。」
「さすが!お大尽!」
おやおや乙はもうだいぶ酔いが回ってるね。この話、明日の朝にはすーっかり忘れてるかもしれないねえ。
―――――数日後
いつもの様に上客を迎える為、美しく粧った乙。鏡の前で仕上げをしていたら、領殿が慌てて部屋に飛び込んで来た。
「大変だ!乙、今夜の客は白妙堂の旦那じゃなくて赤鳳房の旦那だよ!!最近入った若いのが間違えて取っちまったんだ!」
「えぇ!?」
白妙堂と赤鳳房はどちらも着物屋。
今夜の乙の装いは着物から簪まで白妙堂の旦那から贈られたもんで固めてるよ。
商売敵の赤鳳房の旦那の前にこのまま出るワケにはいかないね!
「乙!大至急着替えな!」
「もお〜っ!白妙堂のお香まで付けちゃったからあっ!一回お湯を浴びないとだしっ!」
せっかく綺麗に結んだ帯を解いて湯屋から駆け足で戻って来た乙。
(ええと……急いで赤鳳房の着物を捜さなきゃ!間に合わないかもっ!)
部屋の格子戸を開けると、寝台の上に赤地に金の刺繍の着物が広げられていた。
(そう!これこれ!)
引っ掴んで鏡の前で羽織ると、
シュルっ……
後ろから小さな手で翡翠色の帯が回された。
(えっ?!)
乙が驚く間もなく、その手はあっという間に美しく帯を結び上げ、少し乱れてしまっていた結い髪を櫛で器用に整えるとこれもまた用意してあった赤鳳房の簪が通された。
さきほど脱ぎ散らかした着物もきちんと仕舞われ、今夜の客の好む熱い酒が湯気を上げて支度されていた。
カラカラカラ………
格子戸の開く音。
「赤鳳房の旦那様がいらっしゃいました。」
間一髪だったね。
いつの間にか「小さな手」の主は姿を消していた。
「……っ、お、お待ちしてましたっ、旦那様っ。」
完璧な支度で気難し屋の赤鳳房の旦那をすこぶる満足させて帰した乙。
「……………お代は弾まれたけどこんなハラハラした夜は初めてだわ……」
ぐったり寝台に腰を下ろした乙の肩にあの「小さな手」が掛かった。
「あ〜気持ちいい……慌てたから肩凝っちゃって………ってあんた誰!?」