第3章 梅の巻
「なあに?お大尽、じーっと見て!」
上等な杏酒を飲み干して潤った乙の唇はツヤツヤと輝いてえらく艶めかしいねえ。
「しばらく来れなかったが、ますます磨きがかかったんじゃないか?乙。」
「そりゃあお大尽が大枚はたいて磨き上げてくれてるもの!」
――――ほんのり薄桃色に染まった肢体と夜明けの湖の様に儚げに潤んだ大きな瞳から滲み出る乙の美しさは酒や粧いのせいだけじゃあないね。
「それはそうと乙、こないだは儂の客の饗し、ありがとうな。えらく満足してたぞ。」
「あーあ、あの外国の人?」
「そうだ。この国の文字でお前さんか書いた名前の紙を後生大事に懐に入れていたぞ。」
「あんなもので喜んでもらえるならいくらでも書くわ。」
私は知っているよ。こないだ来たお大尽の取引相手の外国人。最初は退屈そうにしてたけど乙がなんと大事な自分の「穴」に筆を差して彼の名前を書いてやったんだよ!
どこでそんな芸当を覚えたんだろうねえ。
「そうそう、それで御礼にって外国でしか採れない貴重な宝石をもらったわ、見せるわね。」
乙は立ち上がって私室との境の戸を開けた。
ドサドサドサドサッ!!
派手な音を立てて着物やら宝石やらの贈り物が雪崩落ちてきたよ。
「!何だ何だこれは!?」
「あー、とうとう崩れてきちゃった。溜まるばっかりなのよ、お客からの贈り物が………
でもちゃんとどこに何があるかはわかるわよ?
えっと……このへんだったかな?あの宝石は。」
乙はガサガサと「山」を探り始めた。
「――――乙〜いくらなんでもこれは………」
「だってお大尽、あたし片付けって苦手なんだってば!」
「小間使いとかいないのか?」
「いるわけないわよ!相変わらず領はケチだから雇ってくれないわ!」
「――――そうか、では儂のところの小間使いを一人寄越すか!」
王都で財を成したお大尽を頼って故郷の海沿いの村から毎月多くの奉公人がやって来るらしいね。
「最近来た子で、気働きの効くいい子がいるからその子をやろう。」
「お大尽ところはいいの?」
「ああ、ウチは人余りでな。」
気前のいいお大尽。来たものは誰彼構わず面倒みてそうだね。
「そうなったら私は助かるけど、領が「うん」と云うかしらーね。」