第1章 松の巻
他の娼妓たちがすっかり出払った大部屋にぽつんと残された乙。
客の部屋に娼妓を割振った領殿が戻ってきたね。
「やれやれ一段落だ。」
膝を抱えて座っている乙の隣にどっかりと領殿は胡座をかいて煙草を美味そうにふかし始めた。
「あんたもやる?」
差し出された長い煙管に乙は首を横に振る。
「そう不貞腐れなさんな。
お大尽がね、あんたには他の客を取らすなってさ、遣いが相応の金子を持って言付けを言い遣ってきたよ。
おかげであたしは美味い煙草が吸えるってことさ。」
「……………」
「お大尽は今外国に買付けに行ってるらしいよ。帰ってくるまで辛抱するんだね。次もご満足してもらえる様にしっかり考えておくことだね!」
――――数日後。
廓の前に例の豪華な車が停まったよ。
お大尽が帰って来たね。
豪華な部屋に乙が呼ばれたよ。
特別着飾るでもなく、化粧も普通だ。
胸元に何か包みを抱えているね。
「おかえりなさいませ。
お大尽…………いえ、楊ちゃん。」
「………!」
いつもの様に不機嫌に傾けていた盃をがちゃりと置くお大尽。
「………いきなりか!」
「ふふ、今更照れなくても。」
乙は胸元に抱えていた包みを広げた。
「…………っ!?」
思わず息を呑むお大尽。
包みの中身は可愛らしい赤子が遊ぶ玩具の数々……この間の様な急拵えではなくちゃんとしたよだれかけ。そして大きな……おむつ!
「さあ、楊ちゃん?」
乙はおむつを手に取った。
「……わ、儂にそれを着けろと?!」
「ええ、そうよ、楊ちゃん。
ここにはあたししか居ないのよ。
この部屋では貴方はお大尽様でも旦那様でもなく、ただの「楊ちゃん」よ。」
「………う……む……」
たじろぎながらも着物を脱いで「おむつ」姿になったお大尽。
こんな姿、とてもとても部下や家族には見せられないだろうね。
「さあ、いらっしゃい。楊ちゃん。」
乙は両腕を広げて「楊ちゃん」を迎え入れた。