第9章 忘れたことなんて
鼓膜を襲う大きな破裂音、吹き荒れる爆風、鼻につく焦げた匂い。
マンションのワンフロアが破壊された。
誰もが視線を向けるその先で一体何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
だって、タイマーは止まっていたって、
死人も怪我人も出ずに解決出来るって、
萩が解体すれば全て終わるって、
萩は……?
気がついたら走り出していた。
「松田ッ!!!」
立ち尽くす彼の手には、先程の携帯電話が握られていた。
恐らく相手は萩だろう。
「ねえ、電話の相手萩でしょ?萩は?逃げたの?
ねえ松田ッ!ねえってば!!!」
何を訴えてもマンションから目を離さないで動かない彼に痺れを切らし、私はマンション内へ入るために再び走り出した。
しかしそれは腕を掴まれたことにより阻まれた。
「離してッ!!まだ中にいる!萩がいるから!!助けなきゃ!!お願いだから離して!!!」
「……マンションのワンフロアを破壊するほどの爆発だ。助かる望みは薄い」
「…まだ分からない」
「」
「生きてるかもしれない」
「落ち着け「無理よ!!!!」
声を張り上げて、その場に力なくへたり込む。
私の目から溢れた涙が、地面にシミを作っていく。
なんで…、なんでっ……!!!
さっきまであそこに萩がいた。
現場に到着するなり、私を見つけてウィンクなんかしちゃって、話しかけに行けなかったけど、でもそれできっと大丈夫だろうって、無事に解除して戻って来るんだろうって、当たり前に思っちゃった……。
そんな保証どこにも無いのに。
テロでは常に危険は隣に潜んでいるって、分かっていたけど理解していなかった。
何も出来なかった。
ただ、立っていただけ。
今だって、この場にへたり込むだけで、助けにさえ行けない。
私は、何も出来なかった。