第43章 消失
「逆行性健忘ですね」
翌日、近くの総合病院へと訪れた。
「逆行性……」
簡易的な検査の後告げられたそれは、発症以前の出来事が思い出せなくなる脳の記憶障害である。
数分前の出来事だけを失う人もいれば、数十年の記憶が抜け落ちる人もいる。その範囲や大きさには個人差があるらしい。
私のように丸々1週間分だけが抜け落ちるケースは極めて稀だが、無い話ではないという。
「あの……原因は?」
「代表的なのは頭部外傷ですが、それらしい痕跡は見られませんでした。となると、強い心理的ストレス、もしくは脳疾患が考えられます」
血液検査では特に異常なし。
現時点で明確な原因を特定するのは難しいとのことだった。
「後日、精密検査をしてみましょう」
原因が分からないため、薬も処方されず、一先ずは経過観察。
健忘症には確立された根本治療が無く、仮に原因が判明しても記憶が戻るかどうかは五分五分だという。
なんとも呆気ない診療だった。
しかし昨日青柳にああ言われてしまった以上、このまま出勤する訳にもいかない。今日1日くらいはゆっくりしてやるか。
とはいえ、休むと言われても何をすればいいんだろうか。
散歩も兼ねてしばらく宛もなく歩いているうちに、見覚えのある通りに出た。
ほう、あの道を真っ直ぐ来るとこの道に出るのか。新たな発見だ。
このまま通り沿いを進めばちょうど毛利探偵事務所が見えてくる。
せっかくだし、ポアロでお昼ご飯でも食べるとするか。
「いらっしゃいませ!」
カランカランと軽快なベルの音と可愛らしい声が響く。
「あれ、さん!お久しぶりです」
お盆を片手に、相変わらず人当たりのいい笑顔の梓さんが迎えてくれた。
「ご無沙汰してます。今日は仕事が休みなので、久しぶりにお昼ごはん食べに来ちゃいました」
「そうだったんですね!どうぞどうぞ〜」
平日昼下がりの店内には、新聞を広げるおじさまや楽しげに談笑するする奥様方の姿が目立つ。混みあっている訳では無いが、半分ほどの席は埋まっていた。
私が案内されたのは、以前と同じカウンター席。
「今日のおすすめは、マスター特製のカツカレーです」
お冷を置きながら、梓さんがそう教えてくれた。
「じゃあカツカレーと、あとアイスコーヒーをお願いします」
「かしこまりました!」