第43章 消失
「なんて?」
「だから、軽い記憶喪失にはなったみたいなの」
「……そんな一大事を、どうして今日一日黙ってたんですか」
「だって、ただでさえ遅刻したのにこれ以上みんなに迷惑はかけられないし、それに一日過ごす上で大きな支障はなかったし」
仕事だって、時間は掛かったが基本はいつも通りにこなせたし、日常生活で困ることも特には無い。一週間分の記憶なんてなくてもどうにかなる気がしていた。
「大丈夫、いずれ思い出すって。大したことないわよ」
「……これが大したことないわけないでしょう」
青柳はそう言って、私の腕をつかんだ。
強引に袖をめくると、すっかり忘れていた傷跡が露わになる。
わー痛々しいなぁ、なんて他人事のように思った。
「世間一般では、こんな傷だらけの腕も記憶喪失も十分“大したこと”なんですよ」
「でも、もう傷だって痛まないから平気よ」
「そういう問題じゃないですから」
全く……と随分大きいため息を吐いた青柳は、私の隣に椅子を持ってきて腰を掛けた。
「どうしてこうなったか、分かる限りで説明してください」
「そう言われてもなぁ」
仕方なく、今朝の出来事を青柳に全て話した。
とは言いつつ私が分かることと言えば、朝に冷たい床で目覚めて、気が付いたら身体中が傷だらけで、知らぬ間に一週間分の記憶が無かったことぐらいだ。あとは、汚れたドレスを着てベッド下に華美なハイヒールがあったくらい。
「……ってことは、前の日、つまり日曜日に何かあったってことですよね」
「多分ね」
「何か事件に巻き込まれたとか」
「そんな報告あった?」
「いえ、特には」
もし日曜日に大きな事件があって私が巻き込まれていたとしたら、少なくとも翌日である今日、警視庁はその話しで持ち切りだろう。
だが、そんな話はどこの部からも聞いていない。
「じゃあ、表沙汰にできない極秘案件にさんが招集されてたとか」
「だとしたら、記憶が無い私は今頃大目玉ね」
もし本当にそんな重要案件に参加していたとしたら、報告なりなんなりで呼び出しがかかるだろう。記憶が無いのですっぽかしましたとなれば、私の警察官人生は終わりを迎えている所だ。幸いなことに私の首はまだ繋がっている。
仕事関連である可能性は低いだろう。