第42章 決意と
「……なに、言ってるの?」
そんな私に構うことなく、ゼロはどんどん口を動かす。
唇を見て読み取ろうとしても、早々と紡がれるそれに追いつけない。
「ねぇ待って、なに言ってるのかわかんないよ」
何度も何度も「待って」と伝えても、ゼロの口は止まらない。
塞がれた耳を、自分の手で外そうとしても、痺れの残る腕には力が入らない。
ただただ、ゼロの手に自分の手を添えるだけだった。
「……手、離して……お願い…」
きっと、何か大事なことを話している。
聞きたい。聞かなきゃいけない。
それなのに、何も聞こえない。何も分からない。
気付けば、涙で溢れていた。
ごめんなさい。
私が悪いの。
私が足を引っ張ったから。
ごめんなさい。
あなたを守りたかっただけなのに。
あなたのそばにいたかっただけなのに。
ごめんなさい。
たくさん迷惑をかけて……ごめんなさい。
溢れた涙は止まらない。
拭おうとしても、腕が動かない。
そんな私の涙を、ゼロが優しく拭ってくれた。
頬に添えられた両手が、やわらかく私を包み込む。
そのままゆっくりと顔が近づいて、
―――ほんの一瞬、唇が重なった。
温かくて、やわらかくて、でも少しだけ苦い。
その感触はすぐに離れていく。
見上げた先にいたのは、今にも泣きそうな顔をしたゼロだった。
それでも優しく、私を見つめていた。
「……ごめん…」
そう言い残すと、触れていた手を引いて背を向ける。
「……まって」
一歩、また一歩。ゼロが私から遠ざかる。
「待って!!」
目一杯手を伸ばした拍子に、私は座っていたベッドの縁から転げ落ちた。
ダンッ!!と鈍い音が部屋に響き、ゼロが一瞬足を止める。
だが、それだけだった。
振り返ることなく、玄関のドアに手をかける。
「お願い、待って!行かないで!!」
私の叫びも虚しく、扉は静かに閉じられた。
部屋に残ったのは、暗闇と、耳が痛くなるほどの静けさ。
―――ゼロが、いなくなった。
また、置いていかれてしまった。
私はただ、ゼロのそばにいたかっただけなのに。
……いや、違う。
そばにいたいと、望んでしまったからだ。
欲張りすぎたんだ。だから全てを失った。
「っ……うっ、うう……」
もう誰も拭ってはくれない涙が、頬をつたって止めどなく零れ落ちていった。