第42章 決意と
彼は私の手を取って、自分の腕にそっと絡めた。
煌びやかな照明が輝く会場には、ワインと香水、そして作り物の笑顔が満ちている。グラスを片手に談笑する男女。誰もが上辺の会話に酔いしれているようでいて、視線の奥には思惑が潜んでいる。
彼は年配の男性に声をかけ、他愛ない会話が始まった。
私は隣で愛想のいい笑顔を浮かべながら、目は常に会場全体を捉えている。この場にいる誰もが、いつどんな手段で彼を狙ってくるか分からない。緊張は解けない。
数分の会話を終えると、彼は私の手を引き、別のグループへと向かう。
流石に安室を演じているだけあり、相手に好感を与える所作は心得ているらしい。
けれど彼の目は一貫して冷静で、その奥には決して気を許さない色があった。
「例の件、君は聞いてるのか」
「えぇ。滞りなく、との話です」
言葉は曖昧でも、その会話の裏にあるものは明らかだった。警察官である自分としては耳をそばだてたくなる内容だが、今の私はただの付添人。
余計な詮索は愚策だろう。
気を張っているせいか、何もかもが疑わしく思えてくる。
銀のトレーを持つウェイターも、煌びやかなドレスに身を包んだ重鎮たちも、壁際に控える警備員でさえも。全員がこちらの一挙手一投足を窺っているような錯覚に陥る。
「……さっきから、少し照明が不安定だな」
通りがかった中年男性が呟いた。確かに、シャンデリアがわずかに揺れ、空調の風も弱まった気がする。嫌な予感が背筋をなぞった。
私は彼の腕に手を絡め直す。彼もそれに気づき、軽く握り返してくれた。
ほんの一瞬、そのぬくもりに安心しかけた——その時だった。
バチッ。
鋭い音とともに、すべての照明が落ちた。会場は一瞬にして闇に包まれ、喧騒が走る。
ざわめき、叫び、物が倒れる音。悲鳴と混乱の渦。
「っ……!」
私は彼の腕を探して手を伸ばした。
さっきまですぐそこにいるはずなのに、誰にも触れられない。
誰かの肩、誰かの背中、違う、違う違う……!
その隙を突かれた。
背後から強く抱え込まれ、口元に冷たい布が押し当てられる。抵抗する間もなく、薬品の匂いが鼻をついた。
あまりに咄嗟のことで、思わず大きく吸い込んでしまう。
彼の安否が定かでない中、抗うこともできず私はそのまま意識を手放した―――。