第42章 決意と
そう思った矢先、視界の端に黒い制服姿のウェイターが近づいてくるのが見えた。
銀のトレイには、いくつかのシャンパングラス。
流れるような所作で、僕の前にその1つを差し出してきた。
「いかがですか?」
そういいながら、細い目をさらに細めて微笑む。
そのままの流れで、ウェイターは僕の耳元に顔を寄せてきた。
「着せられてる感が否めないわね」
「……あなたが用意して下さったんですよ、このタキシード」
グラスを受け取りながら、そっと言葉を返す。
「見立てが悪かったかしらね」
くすり、とベルモットが笑う。
流石と言うべきか、その顔も声も体格も全くの別人である。しかし、まさか変装して先に潜入をしているとは思わなかった。
「……付き添いの話はどうするつもりで?」
僕はシャンパンを口に運ぶふりをしながら、小声で続ける。
「僕一人ではこの場で大いに浮きますよ」
この場で連れがいないのは、それだけで目立つ。ターゲットに警戒される可能性だってある。そんなことはこの女も理解しているはずだ。
僕を呼びつけ、さらにはそんなリスクを冒してまで何をするつもりなのか。
「僕はこのまま引いてもいいですが、困るのはあなたの方なのでは?」
片眉を上げてそう問うと、ベルモットはふふっと不敵な笑みをこぼした。
「任務は続行。ただし、私はここで外れるわ」
「……どういうことです?」
「ちょっと面白いことを思いついたのよ。悪いけど、あとは任せるわ」
「ここまで来て放り投げですか」
「放り投げてないわよ。ちゃんとあなたを置いていってるじゃない。
それに、とっておきのゲストも用意してるから」
ベルモットの表情が楽しげに歪んだ。
「もう少しで来るはずよ」
「……誰が?」
質問に答えることはなく、不気味な笑みだけを残し、ベルモット──いや、ウェイターは別の来賓の元へと歩き去っていった。