第38章 執行人とその後
まるで赤子を宥めるかのように何度かその名前を呼んでいたが、その本人は降谷さんの胸に顔を押し付けながら首を横に振るだけ。そしてまるで離れたくないとでも言うように、背中に回している腕に力を込めていた。
どんなに降谷さんが声を掛けようと、一向に離れる様子の無い彼女。
やがて降谷さんの方が折れ、自分の方へと申し訳なさそうに顔を向けた。
「…悪い、風見。1人増えても大丈夫か?」
「は、はい。問題ありません」
車に関しては全く問題ない。何人増えようが運転する距離は変わらないのだから。
ただ、強いて問題を挙げるとするならば、それは車に乗る人物が降谷さんと彼女と、それから自分の3人であるということ。
……本当に自分は、その空間にいても良いのだろうか。
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【side】
ゼロの怪我が酷いことは分かっていた。すぐにでも手当をすべきだということも。
でも、それでも、このままさようならはしたくなかった。
今別れてしまえば、次はいつ会えるのか分からない。
もしかしたら、もう二度と会えないかもしれない。
そう考えたら、背中に回した腕を解くことなんて到底出来なくて、ゼロに名前を呼ばれても必死に首を振り続けた。
ーー…嫌だ、離れたくない。
そう思いを込めて、ゼロの胸に頭を押し付けながら。
すると、ゼロはゆっくりと息を吐いてぽんぽんと背中を叩いていた手を私の後頭部にまわした。
そうして、ついさっきみたいにまた抱きかかえるような形になる。いや、さっきよりも少しだけ力が強くなった。
「…悪い、風見。1人増えても大丈夫か?」
「は、はい。問題ありません」
そんな会話が、頭の上から聞こえてきた。
思わず顔を上げてゼロを下から覗くと、それに気付いたようにゼロは顔を下に向けて私と目を合わせる。
「僕も、同じだよ」
そう言ってふっと優しく微笑む姿は、不覚にもとてもかっこよく見えて、そのときめきを隠すように私は再びゼロの胸へと顔を押し付けた。