第38章 執行人とその後
【風見side】
カプセルが東京湾に落下してから小一時間が経過した。
避難民の輸送も半分以上進み、大渋滞だった2本の橋もある程度交通可能なところまで誘導が完了。
そして、降谷さんからの頼みで帰りの車も用意した。どうやら、ご自身の車は跡形もなく大破したらしい。
車に関しては割と毎度のことなので、もはや驚くこともない。
問題は、降谷さんが怪我をしているらしいということ。
本人は大したことないと言い張っているが、あの人の大したことないほど信用できないものはない。いつもいつも掠り傷だと言いながら、普通ではまずあり得ない程の出血をしているのだ。今回も、他人からしてみれば余程大したことのある怪我だというオチのはず。
早く降谷さんを探して、急いで警察病院へと連れていかなくては。
そう思って、降谷さんから連絡のあったビルまで駆け足で向かった。
「降谷さん、車の用意が完了しま……、」
思わず口が止まった。
ビルの下で座り込んでいた上司の元へ駆け寄ると、上司はそれはそれは大事そうに何かを抱いていたのだ。
しかもその腕に抱かれていたのが、つい先日一悶着あったあの女とくれば部下の自分は動揺せざるを得ない。
「…あぁ、風見か」
唖然と立ち尽くしていると、降谷さんがゆっくりとこちらに振り向いた。
それとは対照的に、腕の中の彼女は降谷さんの胸に耳をそえたままピクリとも動かない。どうやら、ひたすらにその鼓動を聞いているようだ。
何だか見てはいけないものを見てしまった気がして、居たたまれない気持ちになる。
だが、降谷さんの腕にはやはりかなりの出血量の怪我があった。このまま放っておくわけにもいくまい。
「…あの、降谷さん。
その怪我、早く警察病院で手当てをした方が良いかと…」
恐る恐るそう口にすると、降谷さんはいつもと変わらない様子で「そうだな」と答えた。
そうして、腕に抱いている彼女の背中を優しく叩く。
「」
その声は、今まで自分は聞いたことも無いほどに優しくて柔らかい声色だった。