第36章 女の秘密
「何を言いたくないのか」「どうして嫌われたくないのか」聞きたいのは山々だ。
だが、そんなのは愚問だろう。こんな瞳をした人を目の前にして無神経にそんな質問ができるほど、私はデリカシーに欠けてはいない。
今のたった二言に私はなんと返すべきなのか、緑の中に映る自分を見つめるようにして思考を巡らせた。
そうこうしているうちに、パッと信号が青に変わった。
しばらくの時間が経った気がするが、実際は赤になってから数分にも満たない程度だろう。
沖矢さんは瞳を閉じ再び前を向くと、他の車と同じように車を発信させた。
もう間もなく私の自宅の最寄り駅だ。
「……聞かないんだな」
「…え?」
「てっきり、もっと詳しく話せと尋問紛いなことをされるかと思ったよ」
こっちはぐるぐる頭を回して言葉を選んでいたというのに、全くこの人は私をなんだと思っているのか。
「お望みならしてあげましょうか?尋問。私、結構しつこいですけど」
「確かに、の尋問は精神的にくるものがありそうだ。遠慮しておこう」
ふっと笑いながら、沖矢さんはそう言った。
そんな下らない数言を話しているうちに、車は駅前のロータリーに停車する。
「……」
しっかりとした声で、名前を呼ばれた。
振り向くと、もう一度片目を開いた沖矢さんがその緑で私を射抜いた。
「必ず、きちんと全てを話す。
だから、少しだけでいい、俺に時間をくれ。
優しい君に縋ってしまう、今の弱い俺と決別する時間を」
この人が、こんなに弱気になるなんて珍しい。
きっと相当大きな何かがこの人と、そしてあいつを柵んでいるのだろう。
「…はい。待っています」
そう言いながら、私は車のドアに手を掛けた。
「あ、言っておきますけど、私はそういう弱い赤井さんもいいと思いますよ。可愛げがあって」
それだけ言い残して、車を降りた。
「ははっ、言うじゃないか」
1人になった車の中で、沖矢さんはそう零したんだとか。