第35章 新曲
その後は、まるで離すまいとでも言うように沖矢さんは私の腰をずっと抱いていた。距離が近いことと過保護過ぎるところが少々気になるが、まぁいっか。
「あぁ、沖矢さん!この手帳に、名前とその横に“ゴメンな”と書いてください」
高木くんも大変だな。時間がかかってでも全員を回らなきゃ行けないんだから。
恐らく、筆跡鑑定のためのこの作業は沖矢さんが最後なのだろう。手帳を受け取り、色んな人の時が書いてあるページをペラペラとめくって空いているスペースに文字と名前を書いていた。もちろん、書いている名前は“沖矢昴”だ。
「左利きなんですね」
書き終えて手帳を返した沖矢さんに終始くっついていると、安室さんが徐に話しかけてきた。いや、話しかけた相手は私ではなく沖矢さんなのだけれど。
「ええまぁ、いけませんか?」
「いえいえ!この前お会いした時は右手でマスクを取られていたので、右利きなのかなぁと」
「そうでしたか?」
さすがの洞察力だな、そんな細かいところまで覚えているなんて。
て、感心している場合では無いか。
確かに赤井さんは左利きだ。だが、利き手が同じと言うだけで同一人物と言うには無理があるだろう。安室さんもそれはわかっているはず。
「まぁ、気にしないでください。ただ、殺したいほど憎んでいる男がレフティなだけですから」
ーー……殺したいほど、憎んでいる男…?
「それと、お二人距離が近いです。離れてください」
「え、ちょっ」
腰を抱いている沖矢さんと私の間に無理やり手を突っ込んで、無理やり距離を取らされた。
これには沖矢さんもいい気はしなかったのか、距離を取らされた傍からすぐまた腰を抱かれる。
「あなたには、関係ないのでは?」
「いや、見ててとても不愉快です。男女の適切な距離というものがあるでしょう」
「梓さん、でしたっけ?あなたと彼女もそれなりに近かったかと思いますが。あれがあなたと言う適切な距離ならば、私達のこれも許容内ではないですか?」
「……彼女と僕は別です」
「ほぉ、随分とした暴論ですね」
ついさっきまでの不穏な空気とは違い、今度は幼稚な言い合いが始まった。
言い合いとは言いつつも、安室さんはともかく沖矢さんは相手の反応を楽しんでいるように見えるけど。