第35章 新曲
「……こ、これが世に言う四角関係……!!!」
そんな呑気な園子さんの呟きが聞こえないほどに、私の体は緊張していた。
それはつい先日喧嘩をした相手が目の前にいるからか、縋り付いている相手が正体を隠さなければいけない人物だからか、知り合いを装った謎めいた存在に対しての恐怖が故か……恐らくは全てだ。
そうか、地獄はここだったか。
「ねぇ梓姉ちゃん!
波土さんを好きになったのって、やっぱギターが上手なとこだよね!梓姉ちゃんもギターすっごく上手だし!」
最悪の空気を破ったのはコナンくんの声。
彼のこの質問にどんな意図があるのかは分からないが、お陰で一瞬緊張の糸が緩んだ。
「ええ、もちろんそうよ」
「あれ?梓さんってギター触ったこともないって言ってませんでした?」
「ほら、この前私たちのメンバーに誘った時に!」
「あぁ、あの時は女子高生のバンドに入るのが恥ずかしくて思わずね」
今の会話に何か確信を持ったのか、コナンくんが沖矢さんへと何か耳打ちを始めた。
『ヤバいよ、早くここから離れないと』
『虎穴に入らずんば虎子を得ずだが、引くも勇気ということか。今は彼女もいるからな』
2人して顔を上げると、今度は私の方を向いて口を開いた。
「、すぐにここから立ち去るぞ」
「わ、分かりました」
最早、私に反論する気など無い。ここは大人しく2人に従うまでだ。
「消防査察に来ましたー。設備を確認しますねー」
私たちに殺伐とした空気が流れていることなんて露知らず、消防員達は明日のライブの準備に取り掛かろうとしている。
だが、それは会場の扉を開けた消防員の「うわぁっ!!!」という大きな声により阻まれた。
その場の全員が開けられた扉の方へと視線を向ける。
その先では、波土さんがステージの上であられも無い姿で天高く吊り上げられていた。
「「キャーーーッ」」
蘭さんと園子さんの悲鳴が響き渡ると同時に、コナンくん、沖矢さん、安室さん、そして私はステージへ駆け出す。
その時には、今すぐここから離れなければいけないだなんてすっかり頭から抜け落ちていた。