第34章 悪夢のつづき
「それでなぁに?今、優雅な朝のコーヒーブレイクタイムなんだけど」
「コーヒーブレイクって、今そっち朝の8時よね?始業して間もないじゃない」
「もう、日本人は堅苦しくて嫌ね」
「誠実だって言って」
しばらくぶりの会話だが、イリスは相変わらずのようだ。
そもそも、フランスでは日本とは仕事に対する価値観が大きく違っていた。
当時フランスに派遣されたての私は、日本の警察機関を背負ってここに来ているという責任故に仕事に対してとても勤勉だった。それを見た現地の職員たちは揃って私の事を「Fille serieuse(真面目ちゃん)」とか何とか呼んで、よくからかわれていたものだ。
「それはそうと、イリス、あなたに頼みたいことがあるのよ」
「はいはいなぁに?」
「実は今、とある組織について調べているの。それについて、ICPOが持ってる情報が欲しい」
「へぇ〜組織ねぇ。どんな?」
「私が分かってるのは、その組織にお酒の名前が絡んでるってことだけ」
私がそう話した途端、電話の向こうで急にガタッと音がした。
「……本気?」
「もちろん」
「はぁ……。あなたって、常識人のふりして結構ぶっ飛んでるわよね」
「褒め言葉ね」
「いいわ、私の可愛いのお願いだから特別に教えてあげる」
イリスは自席を立ってオフィスを出たのか、賑やかだった背後が急に静かになった。
多分誰かに話の内容を聞かれないために移動してくれたのだろう。
「数日前、各国の諜報員が相次いで暗殺されたの。
1人はイギリスMI6。もう1人はカナダのCSIS。そして最後にドイツのBND。
彼らの共通点は、あなたの言う“組織”に潜入していたということ」
「まさか、それって…」
「ええ、組織の工作員が日本の警察庁からNOCリストのデータを盗んだ疑いがあると報告されているわ」
世界各国の名だたる機関があの組織に関与していたこと、そして日本での事件がきっかけで世界中で被害があった事実に言葉を失った。
改めて、現実離れした脅威の大きさを突きつけられた気分だ。