第32章 お食事
多分、目の前のこの人は私に同情しているわけでも慰めようとしているわけでもなくて、ただ単純に自分の思ったことを口にしているんだろう。
「…ありがとうございます」
その何も取り繕っていない真っ直ぐな言葉が、今の私には心地よかった。
「やっと、笑ったな」
「え?」
「今日会ってから今まで、君は1度も笑っていない。
やはり、その顔の方がいいな」
そう言って、赤井さんは沖矢さんの顔で微笑んだ。
「……沖矢さんこそ、そうやって笑うの初めて見ました。
そっちの方がイケメン度が増すと思います」
この人が笑うのって中々にレアだよな。
仕事ということもあったからだろうが、1年前は常にムスッとした顔してたし。私が赤井さんの笑顔を見たのなんて、最終日の1度だけだ。
「元の姿でそうやって笑う姿も、もっと見てみたいものですね」
「……機会があればな」
機会か…、そんなの一生訪れる気がしないけど。
まぁ、その時が来るまで楽しみにしていよう。
「少し席を外す。待っててくれ」
「あ、はい」
お手洗いかな?と思いながら、立ち上がる彼を見送った。
そしてカバンから手鏡とリップを取り出し、食事により薄くなった唇に血色を取り戻す。
そのまま鏡を顔の前に掲げて、少しの出来心で口角を上げてみた。
無理やり作った笑顔は少しぎこちない。
私、そんなに笑ってなかったかな…。
佐藤や由美と飲んでる時は普通に笑うのだが、こういう場になるとどうも笑顔が少なくなるらしい。
てか、冷静に考えてこんな無愛想な女と一対一で食事をしていて楽しいのだろうか?
今日は、私が赤井さんをおもてなししなければいけない日だ。
こんな調子ではダメだろう。
よし、赤井さんが戻ってきたら今度こそ笑顔で迎えよう。
そう決意した。
「お待たせしました」
あ、沖矢さんに戻ってる。
口調も立ち居振る舞いも、先程までの赤井さんの影は消えていた。
この人、何気に演技派だよな。
「お、おかえりなさい」
ニコッという効果音でも着くかのように、全力で口角を上げた。
「……別に、無理やり笑えと言った訳ではありませんよ」
ありゃ、思っていた反応と違った。
ただ口角を上げて笑えば良いという話でもないらしい。